2:永遠の糸
ルーディ・クラウスは、父ゲルハルト・マイヤーと母ヘルガ・マイヤーの間に次男として産まれた。
5歳上の兄ハンス・マイヤーは、幼い頃から活発で、頭も良く運動神経も抜群の少年だった。一方、ルーディは物静かで、部屋に籠って本を読むのが好きな少年だった。
家族はカルデニア王国の首都星ハイデルに住んでおり、父は王宮で侍従として働いていた。
母ヘルガは優しく、いつもルーディに手作りのものを与えてくれた。例えば、糸で編んだ腕輪や、布で作った小さな袋。ルーディはそんな母が大好きだった。
家の中はいつも温かく、母の笑顔が家族を繋いでいたが、父ゲルハルトの厳しい性格が時折影を落とすこともあった。ゲルハルトは仕事熱心な男ではあったが、仕事柄、家族の普段の振る舞いにも厳しい人だった。
一方、カルデニア国王の第2王子ジェイクは、生まれた時から手がつけられないほどのイタズラ小僧だった。
王宮の廊下を駆け回り、侍従たちの服に泥を塗ったり、貴重な花瓶を倒したりと、毎日トラブルを起こしていた。侍従たちも手を焼き、国王自身も頭を抱えていた。ジェイクは10歳を過ぎても変わらず、侍従達からは『子どもの仮面を被った悪魔』だと思われていた。
国王は同年代の友達を作ってやることで、ジェイクが少しでも変わってくれればという願いを抱いた。そこで当時、侍従として働いていたゲルハルトの子どもであるルーディが、友達候補となったのである。年が近かったことがも大きな理由だった。
実は、ルーディが候補となる前に、13人の子どもたちが王子の友達候補として連れてこられたが、あまりの王子の傍若無人な振る舞いに誰も長く続かなかった。長く王宮に通った子でも3日、短い子は2時間しかもたなかった。ジェイクのわがままと暴力的な遊び方が、子どもたちを追い返していたのだ。
8歳だったルーディは、週に一度父に連れられ、王宮に出入りするようになった。
王宮はルーディにとって、まるで別の世界だった。高くそびえる白い塔、広大な庭園、絨毯が敷かれた長い廊下……。幼いルーディにとっては、本でしか見たことのない光景だったのだ。
侍従たちが忙しく行き交う中、ルーディは緊張した面持ちでジェイクの部屋へ案内された。最初は大変だった。ジェイクはルーディを玩具のように扱い、部屋の中で追いかけ回したり、玩具の剣で突いたりした。時には暴力も振るわれ、ルーディの腕や脚に痣ができるほどだった。周りの侍従たちが心配そうに見つめる中、ルーディはじっと我慢した。ジェイクがなぜこういう行動をするのか知りたかったし、興味があったからだ。
ルーディは家で、父ゲルハルトが時折母に手を上げる姿を見ていた。それと似ている気がしたのだ。ルーディは、ジェイクの目の中に、怒りや寂しさが混じっているのを感じ取っていた。
そんなある日、ジェイクがルーディがいつも着けていた糸でできた腕輪を壊した。それは、母ヘルガが作ってくれた大切なものだった。淡い青い糸で編まれ、ルーディの腕にぴったり合うように調整されていた。ジェイクは面白半分に引っ張り、ぷつんと切れてしまった。ルーディは初めて激昂した。顔を赤らめ、拳を握りしめてジェイクを殴った。ジェイクの頰が赤く腫れ、部屋に静けさが落ちた。驚いたジェイクは、ルーディが部屋から出て行くのを、ただ見つめるしかなかった。物音を聞いた侍従たちが駆けつけ、ジェイクに怪我の原因を問うたが、ジェイクは「転んだだけだ」と嘘をついた。心の中では、もう次からルーディも来なくなると思いながら、どこか寂しさが胸に広がっていた。
でも、次の週もルーディは来た。王宮の庭で待っていたジェイクは、ルーディの姿を見て目を丸くした。2人は部屋に入り、ジェイクはルーディを座らせて聞いた。
「なぜあそこまで怒ったんだ? ただの糸の腕輪だろう?」
ルーディは静かに答えた。
「あれはお母さんが作ってくれたものだよ。お母さんは優しくて、いつも僕に手作りのものをくれる。でも……お父さんに殴られることが多いんだ。お母さんは泣かないけど、悲しんでることは僕にはわかる。ジェイク、君はお父さんと似てる。人をすぐ殴る。だから君を理解したい。君を理解できれば、お父さんのことも理解出来るかもしれないから」
ジェイクはなぜか涙が止まらなかった。頰を伝う涙を拭いながら、声を震わせて言った。
「ごめん……ごめんなさいジェイク……俺が、悪かった……」
ルーディはジェイクの肩に手を置き、優しく言った。
「謝らなくていいよ。僕も君を殴っちゃったから。ごめんなさい。でも、次からは壊さないで」
落ち着いたジェイクは、自分の悩みを打ち明けた。部屋の窓から外の街を見ながら、小さな声で。
「なんで俺は普通の子と違うのかな? 俺だって自分が好きな時に公園に遊びに行ったり、学校に行きたいのに……どこに行くにも護衛が着いてくるし、俺は普通じゃないんだ。みんな俺を王子だって特別扱いするんだ、俺はただのジェイクなのに……」
ジェイクの目から涙が溢れた。ルーディはそれを聞き、胸が痛くなった。ジェイクの孤独が少し分かるような気がしたからだ。
ルーディは立ち上がり、ジェイクの手を取った。
「じゃあ、今から行こう。公園に」
ジェイクは驚いた顔でルーディを見た。
「え? でも、無理だよ。護衛が……」
「抜け出せばいいよ。君なら抜け道ぐらい知ってるでしょ?」
2人は王宮の裏門からこっそり抜け出し、街へ向かった。ハイデルの賑やかな通りを歩き、公園に着いた。ブランコに乗り、滑り台を滑り、川辺で石を投げて遊んだ。ジェイクの笑顔は輝き、ルーディも楽しかった。護衛に見つかるまで、数時間だったが、2人にとって忘れられない時間だった。
帰ってきたルーディは、ゲルハルトに平手で殴られた。王宮の庭で待っていた父は、怒りのこもった声で言った。
「殿下の身に何かあったらどうするつもりだ! お前のような子どもが、ジェイク殿下を連れ回すなんて!」
頰が熱く腫れたが、ルーディに後悔はなかった。ジェイクの笑顔が見れた。彼を少し理解できた気がしたから。それが嬉しかった。
それ以来、2人は親友になった。ジェイクはイタズラの仕方をルーディに教え、ルーディは毎回本を読み聞かせた。時には懲りずに街へ抜け出すこともあった。
ある日、王宮の部屋で2人は本を広げ、英雄たちの物語に没頭していた。ジェイクはルーディに言った。
「ルーディ、お前もこんな英雄になれよ。その時は、俺がお前に勲章をやるよ」
ルーディは笑って答えた。
「僕には無理だよ。でも、きっとジェイクなら英雄になれるさ。だって君は強いもん」
ルーディが12歳の時、両親は離婚した。父ゲルハルトの暴力が原因だった。母はルーディを連れて首都星ハイデルを出て、故郷に帰ることを決意していた。
その事をルーディはジェイクに伝えた。
王宮の庭で、2人はベンチに座り、ルーディは静かに言った。
「ジェイク、しばらく会えなくなるんだ……お母さんと一緒に、別の星に行くことになったから」
ジェイクの顔が曇った。
「え……いつ帰ってくる?」
「わからない。たぶん大人になるまで帰ってこれないかも……でも、必ず大人になったら会いに来るよ」
そう言うと、手紙を渡した。
ルーディが帰った後、ジェイクは部屋で手紙を開いた。そこには、ジェイクと友達になれて良かったということ、イタズラはほどほどにするようにということ、そして最後に、ジェイクが困った時は必ず僕助けにくるよ、僕達は永遠に親友だから。と書いてあった。
ジェイクは手紙を読みながら、声をだして泣いた。涙が手紙に落ち、文字が少しにじんだ。
それ以来、2人は離れ離れになったが、心の中では永遠の親友だった。




