1:陰謀渦巻く王都
青の小惑星帯で幕を開けたラマーン帝国との戦争は、10年の月日が経った今でも終戦の兆しは見えなかった。長きに渡る戦争は、国力を弱らせ、国民の活力も奪っていた。
カルデニア王国が『緑豊かな穏やかな国』と呼ばれていたのは、もはや遠い昔のように感じる。
アルデバラン星の陽光が、街並みを淡く照らす朝も、街路には暗い影が落ちているような雰囲気があった。
戦火は首都星ハイデルまでは広がっていなかった。
ラマーン帝国との争いも、大規模な戦闘は少なく、どちらかといえば小競り合いの方が多かった。それでも、戦争の影響は小さくなかった。
他国との流通は滞り、物価は上昇し、資源は不足していた。徐々にだか確実に、国民の生活を蝕んでいたのだ。
国内では反政府デモが頻発し、広場ではプラカードを掲げた群衆が叫び声を上げる。
「戦争を止めろ!」
「政府は腐敗している!」
そんな声が、風に混じって広がる。その周囲を警備隊の盾が並び、緊張した空気が街を覆っていた。
ルーディ・クラウスは、33歳になっていた。
初陣となった、青の小惑星帯での戦いから十年の歳月が経ち、彼の顔から幼さは消え、グレー混じりの癖っ毛の黒髪には、新たに白いものが仲間に入ろうとしてた。
左腕には、未だに外骨格デバイスが装着されていた。ナノマシン治療によって、腕の機能は4割程度は回復したが、日常生活を円滑に行う為のサポートは必要であった。
使用時には多少の集中力がいるし、最近は経年劣化で、時々誤作動もする。
ルーディは今朝も、鏡の前でBCIデバイスを調整しながら、ため息をついていた。
彼の部屋は、宇宙軍の独身寮の一室。それは、惑星ハイデルの中央都市『シーザリア』の郊外にあった。
簡素なベッドとデスク、壁一面の本棚。歴史書などがぎっしり詰まり、埃っぽい空気が漂っている。デスクの上には、昨日読み終えた古い軍史の本が置かれている。
ルーディは左手でコーヒーカップを掴み、左腕を『思う』だけで持ち上げて一口飲んだ。デバイスが滑らかに動き、カップを唇に運ぶ。便利だが、自分の腕じゃない感じがする。
軍人など早く辞めたいと嘆いていたルーディだが、33歳の若さで大佐まで昇進していた。
一方で、青の小惑星帯の戦いを指揮したエドガー・ヴェルターは、今はカルデニア中央士官学校長として、後進の指導にあたっている。だが本人曰く、それも後2年程で退役の予定だという。ルーディに言わせると「上手く逃げた」という事だった。
ルーディは今日、宇宙軍の制服組のトップ統合参謀本部『参謀総長』直々に呼び出しをされていた。なぜ自分程度の身分の軍人が、参謀総長から呼び出されるのか不思議だった。ただ、良い話では無い事は想像に難しくない。ルーディは何か嫌な予感がしていたし、いっそクビを通告される方が気が楽だとも思った。
軍服に着替え、左腕の外骨格デバイスを確認した。袖の下で軽く振動し、作動準備完了を知らせる。
外に出て、手首にはめている腕輪型端末を操作し、浮遊自動車を呼ぶと、それに乗って宇宙軍統合作戦本部へと移動した。
シーザリアの中心街に差し掛かると、街路がざわついていた。角を曲がると、デモ隊の群衆が見えた。プラカードには「現政権は退陣せよ!マーカス・ドゥランを首相に!」の文字が見えた。
マーカス・ドゥランは野党の左派政治家である。彼は戦争反対を掲げ、国民の不満を煽り、自らもデモに参加していることもあった。
マーカス・ドゥランは公の場では平和主義を唱えるが、裏で何かを画策しているという噂がある。ラマーンとの極秘接触、政権転覆のための暗躍、青の小惑星帯に関する情報漏洩……そんな情報が、軍の諜報部から漏れ聞こえてきていた。
浮遊自動車を降りると、ルーディは眉を寄せ、群衆を避けて歩いた。「政治などには関わりたくないものだ」と思いながら。
統合参謀本部に着くと、参謀総長であるペドロ・アルメイダ大将が、難しい顔で待っていた。60歳を過ぎ、髪は白く、褐色の肌と岩のような顔は、何も話さずとも相手を威圧する。ルーディが入室すると、アルメイダ大将はデスクから顔を上げ、鋭い眼光を向けながら軽く頷いた。
「クラウス大佐。遅いぞ」
声は大きくはないが、低く重みのある声は、心臓に響くような感じがした。
「すみません。デモで道が混んでまして…」
アルメイダは鼻を鳴らし、立体ディスプレイを指差した。画面には、ラマーン艦隊の動きが映っている。青の小惑星帯の境界で、再び緊張が高まっていた。
「また奴等が蠢いている。国民の不満も頂点だ。街ではドゥランの野郎が、デモを煽ってるらしいな」
ルーディはソファに座り、ディスプレイを睨んだ。ドゥランの顔が、頭に浮かぶ。あの男が、密かにラマーンと取引をしているという諜報部の情報は、事実だろうか?青の小惑星帯の所有権をラマーンに渡す代わりに、ドゥランがカルデニア王国の首相の座を得る為の協力を、ラマーン側に取りつけた。という情報だ。ルーディの胸に、かすかな警戒がよぎる。面倒くさいが、無視はできない。
アルメイダの目が、ルーディをじっと見つめる。
「クラウス大佐。ドゥランの件。お前も噂ぐらいは聞いたことはあるだろう?」
ルーディの心拍数が上がった。本部長は心が読めるのかと疑いたくなった。
「…はい。あくまで噂程度しか知りませんが…」
「あれは事実だ。」
アルメイダは間髪入れず答えた。
ルーディは心の中で危機感が高まるのを感じた。だが、それよりも、なぜ参謀総長が自分にそのような話をするのか、しかも、このような大事な情報の真偽を伝えてきたのか、ルーディにはその真意が全く分からなかった。
そんなルーディの心情を察したのか、アルメイダが口を開く。
「だが、噂はあくまで噂だ。事態はもっと深刻なのだよ大佐。……ドゥランはクーデターを起こすつもりだ。…いや、テロというべきか。」
ルーディは思わず席から立ち上がった。心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。テロ?そんなものが上手くいくのか?だいたいドゥランの目的はなんだ?首相になりたいのではないのか?…様々な思考が頭の中を駆け巡る。
アルメイダは、ルーディに席に座るよう促すと、ドゥランの思惑を説明したが、その内容はルーディの想像を遥かに超えるものだった。
ドゥランはカルデニアを裏切ったのではなかった。元々がラマーン側の人間だったのだ。幼い頃からラマーン帝国の忠実なスパイとして育てられていた。カルデニア国内で。成長したドゥランは、政治家となり、カルデニアの中枢からラマーンに情報を流していたのだった。
そして、自らが首相になり、青の小惑星帯の所有権をラマーンに渡すことで戦争を終結させようと企んだ。その為に、国民が戦争疲れし、政府への不満が高まるのを待っていたのだった。
しかし、ようやくカルデニアの諜報部は、そんなドゥランの尻尾を掴んだのだった。10年の歳月も費やしてだが。
そして今、諜報部に自らの企みがバレたと気づいたドゥランは、最終手段に打って出るつもりなのだ。それがテロだった。
話を聞いたルーディは心の中で溜め息をついた。10年もそんな奴を野放しにしていた諜報部の無能どもめ、と
腹が立ったが、もはやそんな事を言っている場合ではなかった。
「ドゥランの居場所はどこです?それだけの情報があるのであれば、ドゥランを拘束することは出来ないのですか?」
アルメイダは席から立ち上がり、ルーディの向かいのソファに座り、少し声のトーンを押さえて話し始めた。
「もはやドゥラン一人を拘束して収まる段階ではないのだ。……ドゥラン……いや、ラマーンの勢力は我々の予想以上にカルデニアに侵食していたのだよ。政治家、警察、そして宇宙軍も例外ではない。…もはやテロは止められん。軍の中にどれだけ敵がいるかもわからん状況で、情報の共有も難しいからな。我々に出来ることは、被害を最小限に止め、ドゥランとラマーンの目的を全力で阻止することだ。奴らは国を乗っ取るつもりだからな。」
アルメイダの話を聞き終えたルーディは、心臓の高鳴りに抗いながら、一番聞きたかった事をアルメイダに問うた。
「アルメイダ参謀総長は私に何をさせるおつもりですか?なぜ私なのです?」
ルーディは真剣な眼差しでアルメイダの返答を待った。まさか、青の小惑星帯でやったような奇跡を見せろとでも言うまいな。と思いながら。しかし、アルメイダの返答は全く予期せぬものだった。
「ルーディ・クラウス大佐。貴官は、カルデニア王国の王子であられるジェイク殿下と親しい間柄だそうだな?陛下とも面識はあるのか?」
まさかジェイクの名前が出てくるとは思ってもみなかった。ルーディにより一層の不安感が押し寄せてくる。
「…はい。幼い頃によく王宮に出入りさせて頂いた時期があり、光栄なことに、その時から殿下には友と呼んで頂いております。陛下とも何度か会話をさせて頂いたことはあります。……しかし、それが今何の関係があるのでしょう?」
「ルーディ大佐。よく聞いてくれ…」
そう言うとアルメイダは、ソファの背もたれから体を離し、向かえに座るルーディにグッと顔を近づけてきた。
「いいか。これは、軍はもちろん、政府の中でも一部の人間しか知らん極秘任務だ。カルデニアの未来が懸かっているといってもいい。」
そういうと、胸ポケットから銀色の指輪を取り出し、ルーディに差し出した。
「詳しい任務はこの指輪に入れてある。後で確認してくれ。…簡潔にこの任務の内容を説明するとだな……」
ルーディは真剣にアルメイダの説明を聞いた。至って真剣にだ。だが、聞けば聞く程理解が出来なかった。それだけ、この任務が常軌を逸する内容だったからだ。アルメイダも、これを考えた誰かも、頭がおかしいのではないか?とルーディは本気で思った。とても一軍人、一個人が抱えるには重すぎる事だった。「俺を何だと思っていやがる」と心の底から怒りが沸いていた。
だが、それでも、この任務ならは逃げられなかった。親友であるジェイクの命がかかった任務だからだった。
ルーディが部屋から出ようとした時、アルメイダが声をかけた。
「必要な物があれば遠慮なく言ってくれ。人員もだ。誰か任務に必要な人材がいれば手配しよう。無論、身辺調査はさせてもらうがな。」
ルーディは言葉ではなく、敬礼で謝意を述べ部屋を後にした。




