8:勲章の枷
ルーディは首都ハイデルの中央広場に立っていた。
広場はカルデニア王国の誇る巨大な円形空間で、周囲を白大理石の柱廊が囲み、上空には王国の青い旗がはためいている。
今日は快晴で、アルデバラン星の陽光が広場を金色に染め、集まった数万人の国民の顔を輝かせていた。空気中には歓声と拍手が満ち、軍楽隊の荘厳な行進曲が響き渡る。式典の舞台は広場の中央に設けられ、赤い絨毯が敷かれ、王族の玉座や政府高官の席が並んでいる。
ルーディは新しい軍服を着せられ、未だ動かない左腕には、軽量の『袖型外骨格デバイス』が装着されていた。これは、一見すると洋服のように見えるが、ルーディの両こめかみに付けられた『BCIデバイス』で脳波を検知し、腕を動かすことが出来るサポート器具である。ただし、機械は所詮機械である。やはり違和感が残る。動きはスムーズだが、自分のものではない感覚が、苛立ちを増幅させる。
鏡で見た自分の姿は、まるで別人だ。癖っ毛の黒髪を整えられ、胸にはまだ授与されていない勲章のスペースが空いている。
こんな舞台で、英雄扱いされるなんてたまったものじゃない。軍人なんか今すぐ辞めたいのに、これじゃあ辞めさせてもらえなくなる。ハイデルへ帰還したら、本を読む時間が確保できると思ったのに、今やそれすら奪われそうだ。そう心の中でで溜め息をつきながら、ルーディは舞台の脇で待機していた。
隣に立った若い士官は、緊張した面持ちで周囲を見回している。彼の目には、わずかな興奮が浮かんでいるが、ルーディにはそれが理解できない。
式典はヴェルター少将のスピーチから始まった。少将は壇上に上がり、厳格な表情でマイクを握る。声は低く響く。
「カルデニアの勇敢なる戦士たちよ。青の小惑星帯の勝利は、君たちの犠牲と英知によってもたらされた。君達は我が国の誇りだ!…………」
国民の拍手が沸き起こる。ヴェルターの視線が一瞬、ルーディに向けられる。政府の思惑を分かった上で、見事な俳優を演じた男の苦笑が混じる。
ヴェルターの言葉は本心ではあるが、それは政府の台本通りだった。戦争の不安を隠すための、美しい物語。
次に首相が登壇した。
穏やかな笑みを浮かべ、国民に向かって手を振る。60代半ばの、柔和な顔立ち。だが、目が冷たい。ルーディの胸に、かすかな警戒心がよぎる。首相のスピーチは大仰で、ルーディの名前を何度も繰り返す。
「…………そして、この勝利の立役者、ルーディ・クラウス大尉! 彼の天才的な戦略が、ラマーン帝国の脅威を打ち砕いた! カルデニアの希望の星だ!」
国民の歓声が爆発する。ルーディの名前が叫ばれ、フラッシュが焚かれる。ルーディはゆっくりと壇上へ上がった。足取りが重い。デバイスを装着した左腕が、わずかに震える。
首相の前に立つと、黄金の星型勲章が手渡された。首相の手は温かく、握手は力強い。
ルーディの目には、映るもの全てが政治的な道具にしか見えなかった。手柄を利用され、必要以上に持ち上げられる。国民の不満を逸らすための、ただの駒だ。胸がざわつく。こんな勲章はいらない。自分の人生にとって、それは枷にしかならない。そう本気で思っていた。
勲章を胸に付けられ、ルーディは謝辞を述べるよう促された。マイクを握り、掠れた声で話した。
「……ありがとうございます。ですが、これは私一人の功績ではありません。艦隊の皆の功績です。」
控えめな言葉に、拍手がさらに大きくなる。
ルーディは内心で舌打ちした。大袈裟な反応に嫌気がさしたからだ。
壇上から降りる際、視線を感じた。そこには王族の席に座る、第2王子ジェイクの姿があった。金髪の若い男性で、若い女性がすれ違えば、10人のうち8人は振り返るだろう美しい容姿をしていた。年齢は25歳。ルーディより2つ年上だった。ジェイクの目は、懐かしさと複雑な感情を宿している。彼らは幼い頃からの親友だったのだ。
8歳の頃から、ルーディはジェイク王子の遊び相手として選ばれ、王宮に出入りしていた。
あの頃は自由だった。ジェイクはいつも「王子なんてなりたくねぇ」と笑い、とても王族の子どもらしからぬ子どもだった。ルーディと一緒に本を読んだり、街へコッソリ抜け出して遊んだりもした。
式典の後、控え室で二人は再会した。広場の喧騒が遠く聞こえる中、ジェイクがルーディに近づいてきた。王子らしい華やかな軍礼服を着ているが、肩がわずかに落ち、目元に疲れが見える。ジェイクはルーディの左腕を一瞥し、眉を寄せた。
「ルーディ……久しぶりだな。左手、大丈夫か?」
ルーディはデバイスを軽く動かし、苦笑した。
「……ちょっと動かすのが面倒くさいだけです。殿下。お元気そうで何よりでございます。」
ジェイクは周囲を気にし、声を低くした。親友として、素の表情を見せる。年相応の若者らしい、自由を追い求める目。だが、王子としての立場が、普段それを抑え込んでいる。
「元気? 元気なわけないだろ。毎日、王族の義務だの、国民の期待だので息が詰まる。もっと自由に生きたい……本当の自分と、王子の自分、どっちが本物かわからなくなる。お前はどうだ? 英雄扱いされて、嬉しいか? それと、敬語は止めろ。ここには2人しかいないんだから。」
ルーディは壁に寄りかかり、ため息をついた。ジェイクの言葉が、自分の胸に刺さる。軍人など辞めたいのに、周りの期待に挟まれ動けない。勲章の重みが、胸を圧迫する。
「……嬉しいわけないさ。面倒くさいだけだ。軍なんか辞めて、本読んでダラダラ暮らしたいだけなのに……みんなが期待するから、今はまだ辞めさせてもらえないだろうし、政治利用されて、持ち上げられるのも吐き気がする。」
ジェイクは苦笑し、ルーディの肩を軽く叩いた。幼馴染の絆が、二人の葛藤を共有する。ジェイクの目が、少し輝く。
「同じだな、俺たち。いつか、二人で抜け出そうぜ。昔みたいに」
ルーディは頷き、内心で思う。……悪くないかも。控え室の空気が、少し軽くなった。




