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流星の英雄【りゅうせいのアイアス】  作者: 真田らき
第1章:青の渦巻く征野

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7:コバルトの救世主


 病室の白い天井が、ぼんやりと視界に広がっていた。柔らかな照明が部屋全体を淡く照らし、かすかな機械音が耳に届く。心電図のモニターがピッ、ピッと規則正しく鳴り、消毒液の匂いが鼻をくすぐる。


 ルーディ・クラウスは、ゆっくりとまぶたを開いた。   

 頭の奥に鈍い痛みが残り、喉がからからに乾いている。体を動かそうとして、左腕に違和感を覚えた。いや、違和感というより、何かが「ない」感覚だった。ベッドのシーツが肌に張り付き、汗ばんだ身体が重く感じられる。

 視線を落とす。左腕は肩から先に感覚が無く、包帯に覆われた切り株がベッドのシーツに沈んでいる。

 記憶の断片が、ゆっくりと繋がり始めた。重力渦の最後の瞬間。崩れ落ちる艦橋の内壁。フリーダを庇って体を投げ出したこと。そして、激痛。

 ルーディの胸に、かすかな苛立ちがよぎる。


 「……目、覚めた?」


 柔らかい声が耳に届いた。 ベッドの横に、フリーダ・ベッカー少尉が立っていた。軍服ではなく、白いナース服のような簡易の医療用ガウンを羽織っている。彼女の目は少し赤く、疲れがにじんでいるように見えたのは、ルーディの目覚めを待っていたからである。

 フリーダの指先が、ベッドの縁を軽く握りしめているのが見える。緊張と安堵が入り混じった様子だっだ。

 ルーディは喉を鳴らして、掠れた声で答えた。


 「……ベッカー少尉。……生きてたんだな」


「当たり前よ。あなたが、私を庇ってくれたから」


 彼女の声には、感謝の色が強くにじんでいる。目尻にわずかな湿り気が見え、ルーディを庇った瞬間の恐怖が、彼女の心にまだ残っているようだ。

 フリーダはベッドサイドの椅子に腰を下ろし、両手を膝の上で組んだ。少し俯き加減に、しかししっかりとルーディの目を見て続けた。

 

 「ありがとう、クラウス少尉。あの時……本当に危なかった。ありがとう」


 ルーディは視線を逸らした。感謝されることに慣れていなかった。というか、何と答えればいいのか考えることが面倒くさい。そんな感情が胸に渦巻いていた。ベッドのシーツを右手で軽く握りしめ、言葉を探す。


 「……別に。咄嗟に動いただけだよ。……それより、俺の左手、どうなった?」


 フリーダは一瞬、言葉を選ぶように息を吐いた。彼女の肩がわずかに落ち、ルーディの怪我を伝えるのが辛い様子で答えた。


 「私を庇った時……あなたは一度左腕を失ったの。すぐに医療スタッフが縫合して左腕は繋がったけど、状態が酷くて腕の機能を治す事ができなかったの。今は、ナノマシンを注入して神経と血管の再接続を進めているけど、修復には最低でも数ヶ月かかる……それでも完全に元の状態まで戻るかはわからないらしいわ…」


 ルーディは無表情で天井を見上げた。痛みはまだ麻酔で抑えられているが、左腕の不在感が奇妙な虚無を生んでいた。片腕に慣れるまで時間がかかるだろう。内心でため息をつきながら、平静を装う。


 「……そうか。面倒くさいな…右手だけで、本のページを捲る技を習得しないといけない。」


 フリーダは苦笑した。彼女の唇がわずかに曲がり、ルーディの反応に呆れつつも、親しみがこもっている。


 「それが第一声? 普通、もう少し驚くか、落ち込むかすると思うんだけど」


 ルーディは肩をすくめようとして、左側の感覚が無い事に気づき、動きを止めた。代わりに、右手を軽く振る。


 「落ち込んで腕が治るならそうするさ……それより、どれくらい寝てた?」


 「二週間。……正確には十六日と七時間」


 ルーディは小さく息を吐いた。二週間。心に、かすかな不安がよぎった。艦隊はどうなった? 自分の作戦は、本当に成功したのか?だいたい、自分が今どこにいるのかも分かっていなかったのだ。


 「艦隊は? ……ハイデルに帰還したのか?」


 「ええ。無事に帰還したわ。敵艦隊は逃げた3隻を除いて壊滅。青の小惑星帯コバルト・リングは今のところ、カルデニアの支配下に保たれている。……そして、三日後に大規模な式典が予定されているの」


 「式典?」


 「カルデニア艦隊の勝利を祝う、国民向けの式典よ。政府主催で、首都の中央広場でやるみたい。……あなたは、そこで勲章を受ける予定よ。階級も特例で二階級特進。大尉に昇進よ」


 ルーディの目が見開いた。心臓が少し速く鼓動を打っていた。昇進? 勲章? そんなものが自分に降りかかるなんて想像もしていなかったし、そもそも、そんなものを望んだことすらなかった。


 「……は?」


「本当よ。ヴェルター司令官も推薦したって。あなたが立てた作戦がなければ、艦隊は全滅していたのは事実だから。……国民は、あなたを『コバルトの救世主』って呼んでるわ」


 ルーディは天井を睨みつけた。頭の中で、静かに呟く。俺の人生は、こんなはずじゃなかった……。ベッドのシーツを右手で強く握りしめ、苛立ちを抑えていた。静かな読書時間が、失われてしまう予感がした。

 静かな病室に、しばらく沈黙が流れた。フリーダの視線が、ルーディの顔を心配げに追った。ルーディの内面を、察しているようだ。

 やがて、ドアがノックもなく開いた。重い足音が響き、病室の空気が少し張り詰める。


 「おい、生きてるかクラウス」


 ヴェルター司令官だった。軍服の襟に新しい階級章が光っている。相変わらずの厳つい顔だが、どこか疲れが見える。額に深い皺が刻まれ、戦後の処理で忙殺されているのだろう。ヴェルターはベッドの反対側に立ち、腕を組んだ。威圧的な姿勢だが、目にはかすかな温かみが宿っている。


 「生きてますよ、司令官……いや、准将」


 「ふん。お前のせいで俺まで昇進させられた。今は少将だ。」


 ヴェルターは鼻を鳴らし、口元をわずかに歪めた。皮肉めいた言葉だが、本心ではない。ルーディの功績を認めつつ、照れ隠しのように言っているのだ。ルーディはそれを感じ取り、内心で苦笑していた。


 「だが、まあ……悪くなかった。お前の戦略眼は、確かに本物だった。士官学校の頃から一目置いていたが、ここまでとはな。新米のお前を幕僚に加えるように推薦したかいがあったな。」


 ヴェルターの声に、わずかな感慨が混じる。彼の目がルーディをじっと見つめていた。それはどこか誇らしげだった。

 ルーディは視線を逸らし、照れくささを隠す。


 「褒められても嬉しくないです。……それに、自分があんな所に配属された原因は少将だったんですね。勘弁してください。あれはたまたま上手くいっただけです。これ以上、身の丈以上の責任を負わされるのは嫌ですよ。」


 「遅い。…もう遅いぞ」


 ヴェルターは壁際の小型モニターに歩み寄り、リモコンを操作した。画面が点灯し、ニュースチャンネルが映し出される。モニターの光が病室を青白く染め、BGMの音が静けさを破る。


 ――『青の小惑星帯コバルト・リングの奇跡 ~英雄ルーディ・クラウス大尉の軌跡~』

 派手なBGMとともに、ルーディの幼少期の写真(どこから掘り出したのか)がズームアップされる。ナレーションが大仰に響く。

  ヴェルターは腕を組み、画面を睨むように見つめている。


 『幼い頃から歴史書を愛読し、戦術の天才として知られた少年は、士官学校でも常にトップクラスの成績を……しかし彼は目立つことを嫌い、静かに本を読む日々を……』


 次に映ったのは、士官学校時代の写真。ルーディが図書館の隅で本を読んでいる姿が、なぜか英雄的なアングルで加工されている。フリーダが小さく息を飲み、ルーディの反応を窺う。


 『そして運命の戦場で、彼は艦隊を救う奇跡の作戦を立案! 重力渦を生み出し、圧倒的な敵を壊滅させたのだ!』


 画面はラマーン艦隊との戦闘を再現したCG映像に切り替わる。ルーディがブリッジで颯爽と指示を出す姿が、まるで映画の主人公のように描かれている。現実のルーディとはかけ離れた、理想化されたイメージだ。

 ルーディは右手で顔を覆った。指の間から漏れる吐息が、苛立ちを表す。胸がざわつき、胃が重くなる。こんな大袈裟な脚色、誰が得をするんだ?


 「……俺の人生は、こんなはずじゃなかった……」

 

 ヴェルターは鼻で笑った。肩を軽く震わせ、楽しげだ。


 「プロパガンダだ。現在、国民は戦争に怯え、政府への不満を溜め込んでいる。そんな時に『英雄』が必要になる。国民の意識を反らせる必要があるからな。お前の活躍が、ちょうど都合が良かっただけだ」


 ヴェルターの言葉に、冷徹な現実味がある。彼の目が細くなり、軍人としての経験がにじむ。ルーディは顔を上げ、ヴェルターを見つめた。


 「……利用されてるってことですか」


 「そうだ。だが、それで多くの国民の気持ちが救われるなら、俺は構わん。お前はどうだ?」


 ルーディは答えなかった。ただ、モニターに映る大袈裟な自分を、虚ろな目で見つめていた。心の中で、静かに反芻する。面倒くさい。英雄なんてただの負担だ。

 ヴェルターは肩をすくめ、ドアの方へ歩き出した。足音が病室に響き、去り際の背中が少し丸まっているように見える。戦後の重責が、彼を疲弊させているのだろう。


 「三日後の式典で、また会おう。……大尉」


 ドアが閉まる音が響いた。病室に再び静けさが戻る。モニターの音だけが、虚しく響いている。

 フリーダがそっと口を開いた。彼女の声は優しく、ルーディを気遣う。


 「クラウス……大尉」


 「まだ大尉じゃない。俺はまだ正式に何も言われてないからね。とにかく、式典までには、逃げ出したい」


 ルーディの声に、冗談めかした苛立ちが混じる。右手でシーツを握りしめ、視線を窓の方へ向ける。外の空が、青く広がっている。


 「無理よ。もう観念しなさい」


 フリーダは呆れたように笑った。彼女の目が細くなり、親しげだ。ルーディの性格を理解しつつ、諭すような仕草で手を軽く振る。

 ルーディはため息をついた。体を少し起こし、フリーダを見る。


 「……医者に頼んで、一年ぐらい眠れる薬を打ってもらえないかな」


 フリーダは首を振り、苦笑を深めた。彼女の肩が軽く震え、ルーディのユーモアに和む。


 「そんな薬があったら、私が先に使ってるわ。……とにかく、もう逃げられないわよ。あなたは、もう『救世主』なんだから」


 ルーディは天井を見上げ、静かに呟いた。胸に諦めと苛立ちが入り混じる。


 「……面倒くさい」



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