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流星の英雄【りゅうせいのアイアス】  作者: 真田らき
第1章:青の渦巻く征野

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6:重力渦


 ヴェルター司令官の決定は、ブリッジに新たな緊張を呼び込んだ。

 幕僚たちは一瞬の沈黙の後、慌ただしく動き始めた。 

 各艦に指令が飛ぶ中、ルーディは立体ホロディスプレイを睨みつけ、シミュレーションを頭の中で繰り返していた。敵の陣形は確かに短くまとまりつつあったが、それでも突破は一か八かの賭けだ。失敗すれば全滅は免れない。

 

 (ベッカー少尉と重力値の話をした時から、この作戦の可能性は頭にあった。ガス雲の異常を逆手に取る……リスクはあるけど生き残るためだ)

 ルーディの脳裏に、そんな思考がよぎる。

 戦闘が始まる前の、あの会話の時点で、戦局が悪化した場合の最終手段を考えていたのだ。頭の中にある英雄譚のページをめくりながら、その知識の応用方法をずっと探し続けていた。

 

 「全艦、最大速度で前進!敵が旋回を終える前に側面を抜けろ!シールドを最大出力に!戦闘機は敵のドローンを掃討せよ!」

 

 ヴェルターの声が響くと、旗艦センチネルの艦体が低く唸りを上げた。推進器の振動がブリッジの床に伝わり、ルーディの足元を震わせる。モニターでは、カルデニア艦隊が一斉に後退を止め、ラマーン艦隊の横側面に向かって突進していく様子が映っていた。ガス雲の青い霧が、艦影をぼんやりと歪めている。


 敵も即座に反応した。ラマーン艦隊は前進のスピードを落とし、旋回行動をとりながら攻撃をしてくる。プラズマ砲の青白い光条が虚空を切り裂いた。センチネルのシールドが激しく閃き、衝撃波が艦内を揺さぶった。警報音が耳を刺し、通信士の声が慌ただしく飛び交う。


 「軽巡航艦アレクサに被弾! シールド残量45%!」


 「戦闘機隊、出撃! 敵ドローンを排除せよ!」

 

 ルーディは慣れない手つきでコンソールを操作し、リアルタイムのデータを確認した。敵の後方部隊が追いつきつつある今、敵艦隊の陣形は短くなった。敵の陣形も乱れているから集中砲火を避けられるはずだ。「このタイミングで抜けられなければ、終わりだ」と内心で呟く。


 カルデニア艦隊は、敵艦隊の側面を這うように前進した。

 旗艦センチネルが先頭を切り、プラズマ砲を連射しながら進む。軽巡航艦二隻がそれに続き、後方の航宙母艦から飛び出した戦闘機が敵のミサイルを次々と撃ち落とす。爆発の閃光がガス雲を照らし、破片が艦体にぶつかる金属音が響く。


 一瞬の混戦。敵の駆逐艦一隻がセンチネルの砲撃でシールドを破られ、艦体が内側から膨張して爆散した。だが、カルデニア側の代償も大きかった。駆逐艦一隻が敵の集中砲火にさらされ、艦橋が炎に包まれる。乗員の悲鳴が通信から漏れ聞こえ、ブリッジの空気が重くなった。

 これらは、艦隊が前進を始めて、わずか数分間の出来事であったが、戦う彼らにとっては、何時間にも感じる緊張感であった。

 

 「突破成功!全艦敵後方へ到達!」

 

 通信士の報告に、ブリッジで安堵の息が漏れた。ヴェルター司令官は額の汗を拭い、ルーディに視線を向ける。「やったな、少尉」とは口には出さなかったが、その表情には不器用な笑顔が溢れていた。

 ヴェルター司令官は気を引き締め直し、指示をだした。


 「次だ。敵艦隊を引き離しながら、指定座標まで全速力で移動せよ。」


 カルデニア艦隊はガス雲の深部へと進んだ。ルーディが示した座標は、青の小惑星帯コバルト・リングの重力異常が、現在最も激しい領域。センサーが乱れ、艦の操縦が難しくなる場所だ。ルーディはこれを逆手に取るつもりだった。

 頭の中では、過去の軍史書に記された「重力渦の惨劇」が蘇る。あれは事故だったが、意図的に再現できれば……

 到着後、ルーディは次の作戦をヴェルターに進言した。ブリッジは静まり返り、皆の視線が集中する。


 「司令官、罠を張るために、ここで駆逐艦一隻を犠牲にすることの許可を頂きたい。乗員を全員他の艦に移乗させ、駆逐艦を無人化。遠隔操作でガス雲の中心部へ誘導し、重力異常の中で超光速航法フォールド・ドライブを強制発動させます。失敗したドライブは周囲の重力を歪め、人工的な渦を発生させるはずです。それに敵艦隊を巻き込めば、壊滅させられるかもしれません。」


 ヴェルターの目が細くなる。


 「確率は?」


 「計算上、重力渦の発生確率は85%。敵の追撃速度から、タイミングが合えば全艦を飲み込めます。ただし、重力渦の規模は予測不能。最悪、こちらも巻き込まれるリスクはあります。」


 周囲がざわつく中で、1人の将校が小声で呟く。


 (駆逐艦を囮に?駆逐艦を一隻自分達で破壊するか?…あれ一隻にいくらの予算がかかっているとおもっているのか…)


 その声はルーディにも聞こえた。この状況で、金の計算をしている奴がいることが理解出来なかった。 

 黙って聞こえないフリをすることも出来たが、彼の性格上それは不可能だった。 


 「全滅よりマシです。」


 そう冷たく言い放った。「少し考えれば馬鹿でも分かるだろう」という言葉を付け加えなかった自分を、褒めてやりたい気持ちだった。


 「乗員は移乗させます。艦だけを失うなら代償は安い。正面からぶつかり合えば、駆逐艦一隻の被害ではすまないでょう。」


 ルーディの言い方には多少の刺が含まれていたが、合理的だった。

 ヴェルターは一瞬沈黙し、決断した。


 「実行せよ。駆逐艦メテオを選べ。責任は司令官である私が取る。乗員移乗を急げ。」


 移乗作業は迅速に行われた。シャトルが駆逐艦メテオと他の艦を往復し、隊員たちが慌ただしく移動する。ブリッジでは、工学士官が遠隔制御システムをセットアップ。汗が額を伝うが、手は揺るがない。シミュレーションで似たことをやったが、本物は違う。命がかかっている。

 やがて、ラマーン艦隊の影がセンサーに捉えられた。ガス雲から現れ、猛追してくる。

 ヴェルターの声が響く。


 「駆逐艦メテオ、遠隔操作開始。ガス雲中心へ誘導せよ。全艦、退避位置へ!」


 無人となったメテオは、逃げ遅れた駆逐艦のように装いながら、ゆっくりとガス雲の深部へ進み、敵艦隊はそれを追うように接近し迫ってくる。

 ブリッジのモニターで、ルーディはタイミングを計る。隣では航宙士のフリーダ・ベッカーがサポートをしていた。

 重力値が異常を示し始めた今がチャンスだ。

 

 「フォールド・ドライブ、発動!」


 ルーディの指示で工学士官がコンソールを叩く。

 メテオの艦体が一瞬輝き、空間が歪む。重力異常がドライブの失敗を増幅し、黒い渦が急速に広がった。虚空がねじれ、ガス雲が渦巻くように引き込まれる。敵の駆逐艦が最初に飲み込まれ、艦体が圧壊する様子がモニターに映る。

 ラマーンの軽巡航艦が渦に近づき、慌てて回避を試みるが遅い。重巡航艦さえも引きずり込まれ、シールドが悲鳴を上げて崩壊。爆発の連鎖が渦をさらに拡大し、敵艦隊の半数が一瞬で消滅した。残りの艦も無傷では済まなかった。渦の縁で損傷を受けながら、重力場を脱出しようと踠いている。

 結局、重力渦から逃れられたのは、敵の旗艦を含め、わずか3隻だけだった。

 

 重力渦の影響はカルデニア艦隊にも及んだ。軽微ながら、重力のゆがみが旗艦センチネルを揺さぶり、艦橋の内壁が軋みを上げて一部崩落した。金属片が飛び散り、ブリッジに悲鳴が上がる。

 ルーディは咄嗟に動いた。横のコンソールでデータを監視していたフリーダ・ベッカー少尉の上に、崩れ落ちるパネルが迫るのを見たのだ。「危ない!」と叫び、体を投げ出して彼女を押し倒す。衝撃がルーディの体を直撃し、激痛が走った。視界がぼやけ、血の味が口に広がる。

 フリーダの声が聞こえた。


 「クラウス少尉!大丈夫!?クラウス少尉!」


 ヴェルターが駆け寄り、ルーディを支える。


 「医務室へ運べ!急げ!」


 医務官達が駆け寄り、ルーディは浮遊式担架ホバーストレッチャーに乗せられ運ばれてく。その後ろを、フリーダは心配そうな顔をしながら追いかけていった。



 ブリッジでは沈黙が訪れた。

 モニターに映るのは、静かに回転する重力渦と、宇宙に散らばる敵の残骸だった。

 無事だった敵の3隻の艦は、もはや戦う気力を失ったように戦場を離れていった。その光景を眺めながらヴェルターがゆっくり息を吐く。


 「……勝ったのか。」


 

 一方ルーディは、朦朧とする意識の中で(俺が何したっていうんだ……早く帰って本でも読みたい…)と考えながら、静かに目を閉じた。


 かくして、圧倒的に不利な状況から、ルーディの奇策によって何とか勝利を納めたカルデニア艦隊は、傷ついた体で首都星ハイデルへの道を急いだのである。



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