12話 彼女の本心
日が落ち、役小角は夕飯を済ませた。
手土産でもらったステーキは格別の味だ。
量が多かったこともあり、フランの分も用意して家まで持っていくことになった。
家の灯りが見えているので、フランは仕事から帰宅しているようだった。
月明りを頼りに、フランの家までのあぜ道を歩く。
彼女の家までは3分ほど歩けば辿り着く。
――コンッコンッ。
扉をノックした。
「誰?」
「あっ、ロッキです。夜分にすみません」
走って来る足音が聞こえる。
――ガチャッ!
扉を開けてフランが顔を覗かせた。
「ロキ坊、どうしたの?」
「肉のおすそ分け持ってきました」
紙に包まれた牛肉を見てフランは目を輝かせた。
「どうしたの、この肉?」
「父上が依頼先から分けてもらったらしいです……」
「完了報告書に肉をもらったことは書いてなかったよ、おじさん」
依頼主から別報酬をもらったと詳しく報告を上げなかったことにフランは少しお怒りの様子だ。
「まぁいいわ、入って」
小角は部屋へ通された。
今から食事の準備をするところだったようだ。
渡した肉をすぐに火であぶり始めた。
「ロキ坊も食べるでしょ?」
「僕は食べてきたので、お気遣いなく」
「そう」
手慣れた手つきで料理を作り、テーブルの上にひとり分の料理を並べた。
受付をしている時の、すこし怖いフランとは違う雰囲気だ。
仕事から離れているせいか、ごく普通の優しそうな女の子に見えた。
「?」
身長が小角より低くなっている。
受付嬢をしている時は見上げていたはずなので不思議に思った。
「フラン姉さん、身長低くなりましたか?」
「!」
フランが小角を睨んだ。
何か気に障ることを言ったようだ。
「わたしが身長を気にしてることを知ってるくせに……」
「……えっ?」
「あんなに小さかったロキ坊が、今じゃわたしが見上げてしまうなんて」
フランは履物の高さで身長を調整していたのだ。
身長が低いことをコンプレックスに持っており、普段はシークレットシューズのような物を履いて身長をあげている。
「肉を持ってきてくれただけ?」
「はい」
「嘘だ。おじさんに魔術剣士へ復帰するように説得を頼まれたんでしょ?」
「違うよ」
本当にそうではない。
でも疑い深い目で小角を見ている。
「ギルドマスターが拠点先をパジャン村へ移してくれるAランクとBランクの魔術士がいないか探してくれているの」
「……うん」
「2週間以内に人数が揃えば、ギルドは存続できるから」
「もし……揃わなければ?」
フランは肉を口に運んだ。
少し悲しそうな顔を見せた。
よく見ると両肩が小刻みに震えている。
以前魔術士をしている時に、余程の恐怖を植え付けられたようだ。
「ダメなんだよ。わたしが復帰したらAランクの依頼がこの村に入って来る……入ったら対応できるのはわたしだけだ」
「……僕も手伝います」
「あれほど強いと思っていたみんなが簡単に死んでしまった。父さんの作ったS級認定された剣が木の枝のように折られた……」
「……」
フランがロッキを抱きしめた。
震えが止まっていない。
「本心を言えば、わたしの大事な人達は誰もギルドにいて欲しくない。いずれ絶対に死んでしまうから」
フランは泣いているようだった。
小角は困惑した。
このような時、女性にかける言葉など頭に入っていないからだ。
「フラン姉さん……」
「……情けないけど怖いんだ」
「……モンスターが?」
「モンスターは怖いよ。……でもそれ以上にわたしが無力なせいで仲間が次々死んで逝くのが怖い」
会話の内容からAランクの魔術士がいるギルドには危険な依頼が入って来ることがわかった。
だからフランは引退を決めたのだ。
Bランクしかいないギルドにはそこまで危険な依頼が入ってこないから。
「フラン姉さん、僕は絶対に死なないし、フラン姉さんに何かあれば僕が守ります」
すると不思議とフランの震えが止まった。
そしてフランはロッキの顔を見つめた。
「ごめん、カッコ悪いな。わたし」
少し照れたような笑顔を見せて涙を拭った。
ロッキの前では強い女でいようとしているようだ。
さっきの簡易検査で、ロッキがAランクの測定がされていたならこんな悩みも生まれなかった。
小角は自分が呪術師だということを少し悔やんだ。
この時のふたりは2週間以内にAランクとBランクの魔術士から問い合わせがあることを願うしかなかった。
――――――
それから5日が経ったころ、ゴーシとミラ、バーリがギルド受付から呼び出された。
何事かとみんなが不安に思っていたが、 タリア洞窟攻略の報酬の支給だった。
1人に対し金貨30枚。
命を落とした3人の分はそのご家族に支給されることとなっている。
タリア洞窟の依頼がAランクの依頼に訂正され、攻略したメンバーにゴーシ、ミラ、バーリが認められたことになった。
小角は本部から調査に来ていたベルゼとフィートが承認したことを知って、性根まで腐っていなかったのだと見直すことにした。
金貨3枚で1カ月間を普通に暮らせる価値がある。
それが30枚だ。
3人は初めて手にする30枚の金貨を眺め続けた。
「贅沢しなけりゃ1年は働かなくてもいいくらいの金額だぞ……」
「Aランクの人たちって、いつもこれだけの報酬を得ているってことですか?」
「金貨って、銀貨何枚分なんだ? 銅貨なら? 眩しくて直視できねーよ!」
今回のタリア洞窟は放置していれば周辺の小さな村はもちろん、都市や町にまで悪影響をあたえることになっていたと考えられた。
それを事前に防いだことも加味され、通常より報酬が加算されたようだ。
今夜は3人のおごりで、ギルドハウス内でパーティーを開催することになった。
家族がいるものは家族も呼んでOKのパーティーだ。
最高に楽しい夜をみんなで過ごすことになった。
ただ、そこにはフランの姿はなかった。
時間は流れ、問い合わせが1件もないまま2週間後を迎えることになる。




