第18話:影狩り試験──“黒の共鳴”が牙を剥く
学院裏庭。
昼のはずなのに、空気はやけに冷たい。
木々の影が長く伸び、
風が吹けば黒い粒子がちらりと散る。
(……やっぱりいる。影の気配だ)
ルイは一歩踏み出し、拳を握った。
セリアはすぐ後ろに付き添い、
その横には――影狩り部隊副隊長・ユリウス。
「試験開始まで三分だ。集中しろ」
淡々とした声。
だがその視線は、獲物を見る獣のように鋭い。
◆
ユリウスは短剣を抜き、地面に突き立てる。
カツンッ。
その瞬間。
地面に走った影が、まるで“呼び声”に応じるように揺れた。
「……出るぞ。」
黒い霧が地面から噴き上がる。
けれど、それはただの影獣ではなかった。
低く、蠢く。
目が五つ。
腕が四本。
脚は獣のように歪んでいる。
学院の疑似門で見た影と比べても“質”が段違いだ。
「なっ……なにあれ……!」
セリアが息を呑む。
(影残滓じゃない……“準核影”……!
こいつ、普通にやばいやつだろ……!)
◆
ユリウスは短く言い放つ。
「ルイ。
これを三分、引きつけてみせろ。」
「ひ、引きつける!? 倒すんじゃなくて!?」
「倒せなくていい。
ただ“死なずに戦え”。
影はお前を狙う――それを利用しろ。」
(こいつほんっっっと容赦ねぇ!!)
セリアがルイの前に飛び出す。
「待って! ルイを一人で前に出すなんて――!」
しかしユリウスは首を振った。
「光核の少女。
君がそばにいると“均衡が崩れる”。
黒が暴走する可能性が高い。」
「な……っ」
セリアは言葉を詰まらせ、ルイの方を見る。
「ルイ……行かせたくない……」
揺れる瞳。
震える手。
ルイはその手をそっと握った。
「……すぐ戻る。
たぶん、俺が一番よく知ってる。
逃げたら――もっと危なくなる。」
言葉は静かだったが、決意が込められていた。
「……ルイ……信じる。」
セリアの光が微かに震え、
その優しい光がルイの黒へ“触れないように”遠くで揺れた。
◆
影が動く。
ドンッ!!!
獣の脚で地面を踏みしめ、
四本の腕を一気に開く。
目がルイだけを見据えた。
(……来る!)
ルイは地面を蹴った。
跳ぶ。
回避。
影の腕が風を裂き、地面が抉れた。
もう一撃、もう二撃。
(速い……! でも、見える……!)
胸の奥の“黒”が脈打つ。
『……喰らえ……』
(やめろ! まだ暴れるな!)
ルイは深呼吸し、足の位置を変える。
影の腕が迫り――
「っらぁ!!」
回転しながら拳を影の“中心”に叩き込んだ。
影が吹き飛び、木に激突する。
だが――
影はすぐに立ち上がった。
裂けた体が自動で修復されていく。
「……再生持ちか。
おい、ルイ。油断するな」
「知ってる!!」
◆
影が突進してくる。
四本の腕が、同時に。
(避けられない──!)
その瞬間。
胸の黒が、ぐつりと泡立つ。
『……もっと……喰わせろ……』
(ダメだっつってんだろ!!)
だが影の腕が迫る。
ルイは一瞬だけ黒を解放した。
――ズンッ。
地面に黒い紋が一瞬浮かび、
影の腕が“弾かれた”。
「っ!?」
ユリウスが初めて声を漏らす。
「今の……防御……?
いや……“拒絶反応”……!」
(……やばい……今の、完全に深淵側の力……!)
黒は勝手に囁く。
『もっと……解き放て……』
(やめろ!!)
◆
三分が経とうとした瞬間。
影は咆哮し、
形を“変えた”。
腕が八本。
脚が二本から四本に。
口が横に裂ける。
これはもう――
(準核影じゃない……
“半核影”だ……!!)
ユリウスが叫んだ。
「ルイ!! 下がれ!!
そのクラスはまだ早い!!」
(いやいやいや無理!! 下がる暇ない!!!)
影が一気に飛ぶ。
セリアが叫ぶ。
「ルイいいいいい!!」
◆
その瞬間。
セリアの中の“白”が爆ぜた。
遠くにいるはずの彼女の光が、
ルイの“黒”に触れた。
世界が白と黒に裂ける。
『……光……? やはり来たか……』
『黒……っ、離れて……!』
魂核が激しく揺れた。
黒が暴走しかけ、
白が必死で押し返す。
胸が焼けるように熱い。
(やばい……このままだと……!)
◆
ルイは叫んだ。
「セリア!! 近づくな!!
光と黒が……混ざる!!」
「でも……!!」
「大丈夫!!
だから……見るだけでいい!!!」
その言葉にセリアの光が震え、止まった。
◆
そしてルイは――
黒を“ほんの少しだけ”解放した。
「……来いよ。」
影が突進する。
黒い軌跡。
裂ける大地。
空気が震える。
ルイの拳が、黒い残滓を纏った。
――ドンッ!!
影の核を貫く。
半核影は絶叫し、
霧となって消滅した。
◆
静寂。
風が吹き、草が揺れる。
ユリウスがゆっくり歩み寄った。
「……合格だ、ルイ。」
「はぁ……はぁ……
死ぬかと思った……」
「死ぬ試験だからな。」
(いやお前ほんと容赦ねぇよ!!)
セリアが駆け寄り、
限界ギリギリの光を抱えてルイを抱きしめる。
「もう……ほんとに……っ!」
「……ごめん。」
◆
その時、ユリウスが低く呟いた。
「ルイ。
君の黒は“扉を開けたがっている”。
王都へ行けば――必ず“呼び声”が強くなる。」
(……わかってるよ。
でも俺は沈まない。)
ルイは立ち上がり、拳を握る。
「行こう。
まだ……始まったばかりだから。」
これは
“王都影門事件”の序章にすぎなかった。




