第15話:王都の影──“監察局本部”が動く
学院外縁の戦闘が落ち着き、
深淵の残滓も散り、
ルイたちは一旦寮まで戻っていた。
だが。
学院の空気は、
“鎮まった”のではなく――“凍りついた”。
理由はひとつ。
王都から――
監察局の本部組織が派遣されたからだ。
◆
「……来たか。最悪のタイミングだな」
学院長ベルムートが苦々しい声で呟く。
正門前には黒い馬車。
その車体には、剣と天秤を組み合わせた紋章。
――王都監察局《本局》。
地方支部ではない。
本局直属の“特命班”。
学院の教師でさえ近づけないほど空気が張りつめている。
(なんか……ヤバい人種の匂いがする)
ルイは背後にいたセリアの手を握ってやる。
「ルイ……怖い……」
「大丈夫。俺の方が怖いから」
「えっ」
◆
馬車がゆっくりと止まり、
黒い外套の男が三人降りてきた。
だが一番最後に降りた人物に――
学院全体が一瞬で息を呑んだ。
白銀の軍服。
背まで届く黒い髪。
鋭すぎる灰色の瞳。
彼は静かに名乗った。
「王都監察局・特命執行官、
――“灰刃”オルファス・ヴァルクス」
(名前からして怖すぎるだろ!!)
ラザールでさえ目を細める。
「本局が……動いたか」
「ラザール君でも驚くのかね?」
「彼は王都の“切り札”だ。」
(切り札って……切る方? 切られる方?)
オルファスの視線は、すぐに一点へ向いた。
――ルイ。
その目はまるで“対象物”を見るようで、
恐怖ではなく“無機質”だった。
「アーヴェント・ルイ。
学院影門事件の最重要観察対象――確認した。」
(確認されたくなかった!!)
周囲がざわめく。
教師たちも、生徒も、ラザールさえも。
彼の登場は、それほど重かった。
◆
オルファスは、何の前置きもなく言った。
「ルイ・アーヴェントを――
一時的に 王都監察本部へ同行させる。」
「はぁ!?!?」
思わず声が出た。
セリアも叫ぶ。
「ルイは行かせません!!」
オルファスが冷静に返す。
「これは命令だ。
光核保持者も関係ない。」
「関係ないわけある!?
ルイがいなかったら学院みんな死んでたんだよ!!?」
珍しくセリアが感情むき出しで怒鳴った。
オルファスの灰色の目が、ほんのわずか揺れる。
「……光核保持者がここまで感情的とは。
興味深い。」
(いや今そこじゃない!!)
◆
ラザールが一歩前に出る。
「オルファス殿。
ルイ君はまだ子どもだ。
学院の保護下に置くべきでは?」
「子ども――?」
オルファスはゆっくりと、
ルイとその胸の奥の“核”を見るように視線を重ねた。
「……子どもではない。
あれはもう、“鍵”だ。」
(やばい、この人ぜってー話通じねぇタイプだ……!)
◆
セリアが震える声で言う。
「ルイを……連れてくなら……
わたしも行きます……!」
だがオルファスは、微塵も表情を変えずに告げた。
「光核保持者は現状危険度Aa。
本局への同行は許可しない。」
「なっ……!」
(超ランク高ぇじゃん俺たち!!
喜べないけど!)
◆
そのとき。
ルイは、一歩前に出た。
「……ひとつ質問」
オルファスの目が細まる。
「言え」
「俺を連れていく理由って――
“学院地下の本命の影門”が、俺に反応したから?」
周囲が静まり返った。
だがオルファスだけは、ためらいなく言った。
「そうだ。」
「……やっぱりか」
ルイは胸に手を当てる。
影の主の囁きが、胸の奥で薄く響く。
『来るぞ、鍵よ。
王都は“最初の入口”だ』
(……知ってたよ)
ルイはゆっくり顔を上げる。
「行くよ。
でもただ一つだけ条件。」
「条件?」
「セリアとラザールは――
どちらも王都に同行させる。」
(俺だけなら完全に孤立する。
この二人は外せない)
オルファスは静かにルイを見た。
長い沈黙の後――
「……よかろう。」
「マジで!?」
周囲がざわつく。
ラザールも小さく驚いた。
「異例だな……本局が譲歩するとは」
「鍵の安定が優先だ」
淡々と返すオルファス。
そして。
「三日後、王都本部へ向け発つ。
それまでに全ての準備を整えろ。」
言い残すと、
灰色の外套が翻り、王都からの使者たちは去っていった。
◆
残された学院は――
圧倒的な存在の“余韻”だけに支配されていた。
セリアは、ぎゅっとルイの手を握る。
「ルイ……絶対、一緒に行くからね」
「あぁ。俺もセリアいないと困るし」
「今さら素直ね」
(いや本音なんだけど!?)
◆
こうして――
ルイは王都本部へ“鍵”として連行されることが決まった。
だが、この決断が
王都・教会・魔王軍の三勢力を巻き込む巨大渦を生むことを、
このときの彼らはまだ知らない。




