第12話:影の子ども――“欠片”との初接触
白い光が、そっと闇を押し広げる。
影の子どもは眩しそうに目を細め――
それでも、逃げようとはしなかった。
「……あったかい」
今度は、はっきりと声が聞こえた。
(……喋った?)
『喋りたがっている“誰か”の声を借りているだけだ』
黒が冷静に告げる。
『その影は器。
だが、中に入り込んでいるものは――まだ“人”だ』
(まだ、って何)
『そのうち人ではなくなる』
(ねぇ、説明を最後までちゃんとして?)
◆
セリアがそっと問いかけた。
「あなた、名前は?」
影の子どもは首を振る。
「なまえ……わかんない。
でも、さむい。こわい。ひとり」
感情だけが、子どものものだった。
俺は一歩近づく。
黒がざわりと反応し、
胸の奥で白がそれを押さえ込む。
「ここは、お前のいた場所じゃない。
どこから来た?」
影の子どもは少し考えてから――
ゆっくり、空のある一点を指さした。
西の空。
次に向かう予定の街、ラインベルクの方向。
「そこ……まっくら。
たくさん、おなじ。さけんでる」
(やっぱり、出口の候補か)
◆
そのときだった。
「おい!」
背後から、鋭い声が飛んだ。
振り返ると、ギデオンがこちらへ走ってくるところだった。
その視線は俺ではなく、影の子どもに釘付けになっている。
「それ以上近づくな」
彼は即座に短剣を抜き、構えた。
「その影は、魂を喰う」
「ギデオンさん、待って!」
セリアが慌てて叫ぶ。
「この子、まだ“人の心”が残ってます!」
「残っていようがいまいが関係ない。
危険なものは処理する。それが――」
「じゃあ質問」
俺は遮るように言った。
「処理して終わりなら、何で俺たち、わざわざ旅に出たんです?」
ギデオンが言葉を止める。
「門の向きを変えた先で何が起きてるか、ちゃんと見て、
可能なら“被害を減らす方法”を探すためじゃないんですか?」
「……」
「だったら、“欠片がどうなるか”も見ないと。
全部焼き払ったら、何も分からないままですよ」
自分でも驚くほど、声が強かった。
(……学院長やラザールの影響かもしれないな)
◆
ギデオンはしばらく黙っていたが――
やがて、短剣をわずかに下ろした。
「……五分だ」
「五分?」
「その間に、お前の白と黒で“安定させられるか”試せ。
失敗したら、俺が処理する」
かなり譲歩してくれた方だろう。
「分かった」
俺はうなずき、影の子どもに向き直る。
◆
(いいか、黒)
『なんだ』
(飲み込むな。繋げ。
この子の“影”を俺の中の黒に繋げて、
セリアの白で表面だけ保護する)
『それは、つまり――』
(仮の“器”を、こっち側に作るってことだ)
リスクは大きい。
失敗すれば、俺の黒が暴走するかもしれない。
けれど――
(門の出口を探す前に、まず“こぼれた欠片”への対処法を見つけないと)
セリアが不安そうに俺の手を握る。
「本当に、大丈夫?」
「大丈夫じゃないと思う」
「えっ」
「でも、やる」
それが、今の俺にできる“鍵”としての仕事なんだろう。
◆
深く息を吸い、影の子どもへ手を伸ばした。
黒が、静かに広がる。
触れた瞬間――
冷たい何かが、腕を駆け上がってきた。
「っ……!」
視界の端に、暗い影が広がる。
セリアの手から、白い光が流れ込んできた。
「ルイ!」
「焦るな。流れを見ろ」
ラザールの声が、少し離れた場所から飛んでくる。
黒と白の境目を、意識する。
影の子どもの輪郭が、少しずつはっきりしていく。
ぼやけていた顔立ちが、
普通の村の子どもと変わらないものへと形を取っていく。
「……あったかい……」
子どもの目から、涙のような黒い雫がこぼれた。
「こわくない……?」
「怖いけど、大丈夫だ」
俺は笑う。
「こわいの、半分こな」
その言葉に、セリアも笑った。
「じゃあ、あったかいのは三人分だね」
◆
五分が過ぎた頃――
影の子どもは、完全に“こちら側”の存在になった。
地面に、ちゃんと影ができている。
「……成功、か」
ギデオンが信じられないという顔をする。
「こんな方法、聞いたことがない」
「俺も、今思いつきました」
「軽々しく言うな」
それでも、彼は短剣を納めた。
「お前は本当に……厄介な鍵だな」
それは、少しだけ褒め言葉に聞こえた。
◆
「ねぇ、名前どうする?」
セリアがこっそり聞いてくる。
影だった子どもは、きょろきょろと村を見回しながら、
まだ自分の手足を確かめているところだ。
「……そうだな」
俺は少し考え――
遠くでこちらを見ている村の灯りを見た。
「“ノア”は?」
「ノア?」
「暗いところから船で連れ出す神話、聞いたことある。
……まぁ、前世の話だけど」
セリアはすぐに頷いた。
「いいと思う!」
子ども――ノアは、少し照れくさそうに笑った。
「ノア……。ぼく、ノア……?」
その笑顔だけは、どこからどう見ても“普通の子ども”だった。




