第11話:王都を出て――“影の余波”を追う旅路
王都の門を抜けると、思っていたより世界は“広かった”。
石畳はすぐに土の道へ変わり、
道端には見たことのない草花や、小さな集落がぽつぽつと現れる。
(学院と王都の往復しかしてなかったからな……)
馬車の中で、俺は窓の外を眺めながらそんなことを考えていた。
「ルイ、顔が子どもみたいになってるよ」
「子どもですけど?」
「そうだった」
セリアがくすっと笑う。
◆
同乗しているのは、俺たち以外に二人。
一人はもちろんラザール。
いつも通り本を片手に、揺れる馬車の中でも平然とページをめくっている。
もう一人は――監察局の護衛兼監視役。
黒髪を後ろで束ね、
無駄のない革鎧に短剣をいくつも装備した男。
「改めて自己紹介しておこう」
彼は視線だけこちらに向けて言った。
「監察局第三部、ギデオン・ロウ。
今回の任務中、君たちの護衛および観察を任されている」
「よろしくお願いします!」
セリアがぺこりと頭を下げる。
「よろしく……される側なんだけどな、本来は」
ギデオンは小さくため息を吐いた。
「学院の一件で、君は“王都の重要人物”に分類された。
護衛対象であると同時に、危険物扱いでもある」
「最後の一文いらなかったと思うんですが」
「事実だ」
さらっと言い切るあたり、こういう仕事に慣れているのが分かる。
◆
「で、最初の目的地ってどこなんです?」
俺が尋ねると、ラザールが本から顔を上げた。
「王都から西に二日の街、“ラインベルク”。
交易都市だが、最近“影の噂”が増えている」
「影の噂?」
「夜になると、人の姿が“二重”に見えるとか。
影だけが別の方向を向いて笑っているとか」
「ホラーなんだけど」
セリアが不安そうに肩をすくめる。
「本命の門の向きを変えた先がどこなのか、まだ特定できていない。
だが、影門由来の現象が増えている地域を潰していけば、
いずれ“出口”に当たる」
ギデオンが淡々と言う。
(要するに、俺のせいで被害が出てるかもしれない場所を確認して回るってことか)
胸の奥で、黒と白が小さくうねった。
『……楽しみだな』
(お前だけな)
◆
夕刻。
途中の小さな村で一泊することになった。
村人たちは、王都の紋章を見て慌てて宿屋を開けてくれたが――
その目には、どこか“疲れ”が滲んでいた。
「最近、夜になると寝付きが悪くてねぇ……」
宿屋の女将が、湯気の立つスープを運びながらこぼす。
「なんか、夢見が悪いんだよ。
暗いところから手が伸びてくるような……」
セリアと目を合わせる。
(……やっぱり、影の影響か)
ギデオンも同じことを考えたらしく、女将に問いかけた。
「誰か、体調を崩したりは?」
「熱を出した子もいたけど、今は落ち着いてるよ。
ただ――」
女将は言い淀み、声を潜める。
「夜中にね、たまに“道端に立ってる子ども”を見かけるんだよ。
村の子でもないのに、じっとこっち見てて……
近寄ると、ふっと消えちまうのさ」
背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
(子ども……)
魂核の奥で、黒が微かに震える。
『……あれは“欠片”だ』
(欠片?)
『門の向きを変えたとき、こぼれ落ちた“影の破片”。
人の形を真似て歩き始める』
(それ、放っておいたら?)
『やがて誰かの影を喰い、そこに入り込む』
(やっぱりロクでもない!!!)
◆
その夜、俺は一人で宿の外に出た。
「ルイ?」
気配を察したセリアも、当然のようについてくる。
「置いていく気ないの、知ってるでしょ」
「だと思った」
月の光が弱く、村の道はほとんど闇だ。
それでも、俺には“見える”。
家々の間を、ふらふらと歩く、小さな影。
(……いた)
人の形をしているが、輪郭が曖昧だ。
足元には影がなく、代わりに地面の影が不自然に“避けて”いる。
セリアが息を呑む。
「ルイ、あれ……」
「欠片だ。門からこぼれた」
黒がざわめく。
『呼べば、来るぞ』
(呼びたくない)
◆
影の子どもは、こちらに気づいた。
顔らしき部分が、ぎこちなく歪む。
それは笑顔にも見えたし、泣き顔にも見えた。
「……助けて」
どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。
セリアが思わず一歩踏み出す。
「ルイ、この子――」
「待て」
手を伸ばしかけたセリアの腕を掴む。
(“本物の子ども”なのか、“真似しただけ”なのか。
見極めを間違えると、セリアの光ごと飲まれる)
影の子どもは、首をこてんと傾けた。
その背後に――ほんの一瞬、“門”の裂け目が見えた気がした。
(……やっぱり、繋がってる)
俺は白と黒を同時に引き絞る。
「セリア」
「うん。ルイに合わせる」
ふたりの魔力が重なり――
静かに、村の闇を照らし始めた。




