第63話:学院を後に――少年と“鍵”と巫女の進む道
旅立ちの日の朝。白んだ空気の中、学院の正門前に簡素な馬車が一台止まっていた。積み込んだ荷物は最小限。俺とセリア、ラザール――そして監察局の護衛が一人同行する。
「……本当に、行っちゃうんだな」
アレンが名残惜しそうに車輪を軽く蹴る。靴先が小さく鈍い音を立てた。
「お前も来る?」
「そう言われても、うちの親が殺す勢いで止めるからな」
「じゃあ生きてて」
「お前が言うと重みが違ぇんだよ」
ミリアは涙目のまま、それでも笑って手を振る。
「ちゃんと手紙くださいね! 変なトラブルに巻き込まれたら、こっちにも教えてください!」
「むしろ毎回巻き込まれてそうなんだけど」
「自覚あるなら気を付けてください!」
そんなやり取りが、少しだけ胸を軽くしてくれた。
そこへベルムート学院長が杖をつきながらゆっくりと現れた。崩れた校舎を背にして立つその姿は、どこか寂しさを含んでいた。
「ルイ君、セリア君」
「学院長……」
「君たちを完全に守り切れなかった責任は、私にもある。だが――」
学院長は崩れ落ちた塔を一瞥し、静かに微笑んだ。
「いつか、この学院を“笑って思い出せる場所”に戻してやってほしい。その頃には、君たちはきっと今よりずっと強くなっているだろう」
「……はい」
短い返事しかできなかったが、その一言にできる限りの決意を込めた。
ラザールが馬車へ乗り込む前に振り返る。
「いいか、ルイ」
「はい?」
「外の世界は、学院よりずっと複雑で、ずっと理不尽だ。だがそのぶん――“選べる道”も多い」
「選べる道、か」
「そうだ。誰かの敷いたレールじゃなく、自分で選んだ道を歩け」
それは、教師としての最後の授業のように聞こえた。
「……じゃあまず、“監視付き研修”からですね」
「そこは諦めろ」
ラザールが肩をすくめて乗り込む。
セリアが名残惜しそうに学院を振り返りながら、俺に小さく笑いかけた。
「行こっか、ルイ」
「うん」
馬車に足をかけ、乗り込んだ瞬間、扉が静かに閉まる。車輪が軋み、地面をゆっくりと踏みしめながら動き出した。
崩れた塔。ひび割れた石畳。焦げた草の匂い。
全部がもう遠ざかっていく。やがて小さな点になり、視界から薄れていった。
(ありがとう、学院)
胸の奥でそっと呟く。
馬車の窓の外には、まだ見ぬ世界へ続く道が伸びていた。王都の外、未知の土地。影門の余波が広がる場所。そして――俺たちの“次の居場所”になるかもしれない町。
胸の奥で、黒と白が静かに脈打つ。
『さあ、鍵よ。外の世界も、なかなか楽しいぞ』
(お前が言うと嫌な予感しかしないんだけど)
セリアが俺の顔を覗き込み、くすっと笑う。
「また何か言われたの?」
「うん。“楽しいぞ”だってさ」
「じゃあ、きっと楽しいよ」
「そのポジティブさ、どこから出てくるんだよ……」
「ルイと一緒だから」
即答だった。あまりに迷いがなくて、苦笑するしかない。
窓の向こうへと再び視線を向ける。
こうして、学院編前半はひとまず幕を閉じた。
少年と“鍵”と巫女の物語は、ここから外の世界へと広がっていく。




