第62話:旅立ち前夜――“学院”への別れと小さな約束
外任務の出発は、一週間後に決まった。その間、俺たちは学院の片付けや、生徒たちの寮の引っ越しを手伝う日々を過ごした。仮設テントの方々から、ため息が交互に漏れてくる。
「まさか、こんな形で休校になるとはな……」
アレンが崩れた校舎を仰ぎ見ていた。瓦礫の隙間から煙がまだ薄く立ち上っている。
「もうちょっとマシな思い出にしたかったわ……」
ミリアも肩を落とす。
「ごめん」
つい、声に出た。
「俺が“鍵”じゃなかったら、多分こんな――」
「バカ」
アレンが食い気味に遮った。いつもより短い言葉なのに、妙に重い。
「お前がいなかったら、学院ごと跡形もなく消えてたんだぞ。こうして文句言えてるのは……お前が踏ん張ったからだろ」
「そ、そうですよ」
ミリアが少し照れながらも続ける。
「それに……わたしも一緒に選んだんですから」
そしてセリアが、真っ直ぐに目を向けてきた。
「“ルイの隣に立つ”って、前から決めてました」
(……ほんと、ずるい)
罪悪感が、あっさり消されそうになる言葉ばかりだ。
その夜、中庭で小さな送別会が開かれた。派手なものじゃない。食堂に残っていた食材をかき集め、焚き火を囲んだだけの質素な集まり。でも、火の揺らぎと笑い声が、妙に温かかった。
「ルイ、これ」
ミリアが小さな袋を差し出してくる。
「何?」
「風除けのお守り。旅先で風向きが悪いときに使って。……まぁ、気休めだけど」
「ありがとう」
アレンは、焚き火越しに真面目な顔で言う。
「お前が外でどれだけ強くなって帰ってきても、俺は絶対“追いつく”からな」
「追い抜く、じゃなくて?」
「そこは現実を見る」
「いや、見ようぜそこは」
軽口が飛ぶ限り、俺たちはまだ“子ども”でいられる。
焚き火が小さくなり、夜の匂いが濃くなったころ。セリアと並んで、崩れた校舎跡を眺めた。ひび割れた石畳、折れた塔、沈黙した教室。全部が俺たちの“ここで過ごした時間”の証だった。
「寂しい?」
セリアがそっと尋ねる。焚き火の名残が頬を赤く照らしていた。
「……ちょっと、かな」
「わたしは、けっこう寂しい」
素直すぎて、思わず笑ってしまう。
「でもさ」
セリアは夜空を見上げた。星が、瓦礫の隙間に散っていた。
「ここだけが“わたしたちの場所”ってわけじゃないよね。これから行く場所も、きっといつか“思い出の場所”になる」
「ポジティブだな、お前」
「だって――」
セリアがこちらを向く。光核の余韻が、胸の奥でそっと揺れた。
「ルイが一緒なら、どこでも“わたしの居場所”だもん」
(やっぱりずるい)
返事の代わりに、軽く拳を突き出す。
「じゃあ、二人でさ。居場所、増やしに行こうぜ」
「うん!」
拳がこつんと触れた。夜風がその瞬間だけ、少しだけ優しく吹いた気がした。




