第61話:休校宣言――“鍵”と巫女の処遇会議
数日が経ち、学院の敷地には仮設テントが隙間なく並んでいた。負傷した生徒や教師たちが治療を受け、魔導師たちが絶えず魔力を流し続けている。かつての学園都市の面影はそこにはなかった。
俺は簡易ベッドの上で、天幕越しの光をぼんやりと眺めていた。
(やっと……頭痛がマシになってきたな)
魔力枯渇と魂核への負荷は想像以上で、丸二日、まともに起き上がることすらできなかったらしい。
「起きた?」
カーテンがめくれ、セリアがそっと顔を出す。まだ少し顔色が悪いのに、いつもの柔らかい笑顔を作っていた。
「うん。……生きてた」
「うん、生きてた。よかったね」
その言い方が妙にツボで、しばらく二人で小さく笑い合った。
だが、落ち着いていられたのはそこまでだった。
呼び出された俺とセリアは、近くに設置された応急会議用テントへ案内された。幕をくぐると、内部には重苦しい空気が張り詰めていた。
ベルムート学院長。
ラザール。
監察局の男。
白い法衣の教会神官が二名。
(うわ、メンツが物騒)
「ルイ・アーヴェント君。セリア・エルノア君。君たちの処遇について、話し合う必要がある」
学院長の声はいつになく固かった。
まずは学院の現状説明から始まった。
校舎の半分が使用不能。
封印区画は崩壊。
影門は“方向変更”によって当面の危険こそ去ったが、再発の可能性大。
「よって学院は――」
ベルムートが深く息を吸い、静かに告げた。
「――“無期限休校”とする」
胸の奥にぽつりと穴が開いたような感覚が広がった。
(……まぁ、そうなるよな)
横を見ると、セリアも唇を噛みしめている。アレンとミリアの顔が浮かんだ。この学院で過ごした日々が、一度ここで途切れる。
そして議題は、俺とセリアに移った。
教会神官が一歩前に出る。
「光核保持者セリア・エルノアは、本来、教会本部にて保護・管理すべき存在です」
言葉こそ丁寧だが、その“保護”の中身は想像に難くない。
(実質、半軟禁かよ)
「しかし、今回の事態収束に多大な貢献をしたのは事実。よって教会としては――」
神官はそこで一度区切りを入れた。
「――“条件付きでの自由行動”を認める方向で議論中です」
「条件付き?」
「“鍵”であるルイ・アーヴェントの近くから離れないこと。そして、教会が求めた際には随時協力すること」
(なんで俺の近くから離れないのが条件なんだよ……)
監察局の男が補足する。
「鍵と巫女は互いに魔力を安定させ合っている。分けて管理するより、セットで行動させた方が“制御しやすい”」
(やっぱり“監視しやすい”って言い換えただけだよな)
そして、ついに俺の番が回ってくる。
「ルイ・アーヴェント」
監察局の男の視線は、初対面のときよりもさらに鋭く、重かった。
「君は今回、世界規模の災害を“回避”した。同時に――同規模の災害を“別の場所にずらした”とも言える」
(……っ)
あの時、門の向きを変えたことでどこか別の地点に影響が出ている可能性は、俺自身、薄々気付いていた。
「その責任を、どう感じている?」
真正面から問われ、言葉が詰まる。セリアが心配そうに俺を見る。
(責任……か)
「……正直、怖いです」
そのまま口にした。
「でも、あの瞬間、他に選択肢はなかった。学院が飲まれるか、どこかに押し出すか。どっちも正しかったとは思えないけど……何もしないよりは、マシだと思いました」
重い沈黙が落ちる。
監察局の男がほんの少しだけ目を細めた。
「……いいだろう」
「え?」
「我々も、あの状況で他の手段を提示できなかった。ならば、その結果も含めて“共に追う責任”がある」
想像以上にまともな言葉に、逆に戸惑った。
「よって監察局としての結論は――」
男は一枚の書類を机に置いた。
「“ルイ・アーヴェントを王都外任務へ出す”」
「……外任務?」
「影門の影響が及んでいる可能性のある土地を調査しつつ、君自身の魔力量の安定度も観察する。建前は“学院休校中の特別研修”だ」
(つまり、表向きは研修。裏は監視と後始末ツアーってことね)
学院長が俺の目を見る。
「ルイ君。君自身の意思を聞かせてほしい。それでも――行くかね?」
横でセリアが迷いながらも頷いた。
「……行く」
迷いはなかった。
「決心が早いな」
「学院が無事だったのは、俺とセリアが“中途半端に鍵だったから”です。なら、そのツケは……ちゃんと見に行かないと」
ラザールがわずかに口元を緩める。
「なら決まりだ。俺も同行する。見張り役兼、教師としてな」
「ラザール先生も!?」
「監察局と教会だけに任せたら、君らがどんな実験材料にされるか分からんからね」
(ほんとこの人、要所で頼もしすぎる)
こうして――
王立学院、無期限休校。
ルイとセリアは“外任務研修”へ。
ラザールも同行。
静かに、世界は次のステージへ歩み始めた。




