第59話:初依頼――“黒い霧”の森と小さな違和感
登録を終えたその日の夕方、カウンター前で俺たちは依頼書を突き付けられていた。新米冒険者の最初の一歩……というより、学院の研修扱いらしい。
「学院からの研修扱いだからな。最初の依頼はこれだ」
ラザールが提示したのは、王都近郊の森の調査依頼だった。
『最近、低級魔獣が妙に狂暴化している。原因調査および鎮圧』
「……地味だな」
「地味だけど、“一番安全そう”でしょ?」
セリアが小さく苦笑する。しかし依頼書の端には小さく追記がされていた。
『※王都監察局より極秘指定:影門との関連調査を兼ねること』
(はい出た。やっぱりそういうやつ)
気分は完全に“普通の初依頼”ではなくなった。
森へ向かう途中、アレンが落ち着かない顔で聞いてくる。
「なぁルイ。影門って……もう平気なんだよな?」
「“平気”って言い方はちょっと違うけどなぁ……」
曖昧に笑うしかない。(本命の門はまだ開いていない。だが向こう側からはずっと“ノック”されてるような感覚がある)
胸の奥で黒と白が微細に震えている。
不安げなセリアがそっと手を握ってきた。
「もしまた“あの声”が聞こえたら、言ってね」
「……うん」
(昨夜も少し聞こえたけど……今言うタイミングではない)
森に足を踏み入れると同時に、空気が重く沈むような違和感が押し寄せてきた。
「……空気、重くない?」ミリアが眉を寄せる。
確かに、魔力の流れがねっとりと絡みついてくる。(これ……学院地下で感じた“影門の匂い”に似てる)
周囲を見渡すと、木々の根元に薄い黒い霧がまとわりついていた。
「ルイ……」セリアが不安を隠せず寄ってくる。
「分かってる。距離をとりつつ様子を見よう」
慎重に進むと――
ガサリ、と茂みが揺れた。
そこから現れたのは一見普通のウルフ。だが目は濁った赤に染まり、体の表面には黒い筋が浮かんでいた。
「魔獣……か? でもなんか……」
「影に“噛まれてる”感じがするな」
ラザールが静かに剣へ手を伸ばした。
「アレン前衛。ミリア援護。セリアはルイのサポートだ」
「了解!」
「が、頑張ります!」
アレンがウルフへ斬り込み、ミリアの風刃がすぐに横から走る。
俺は後方で魔力の流れを凝視した。
(……やっぱり、“黒”だ)
ウルフの体内には、本来の魔力とは全く違う黒い線が走っている。どろりとした、それでいて侵食するような流れ。
(このまま放っておいたら、森全体が影に飲まれる)
胸の奥で黒が鼓動のように反応する。
『……喰え』
(うるさい)
白を意識して黒を押し込む。その瞬間――ウルフの動きが一瞬だけ鈍った。
「今!」
セリアの声とほぼ同時に、光が爆ぜる。彼女の光がウルフを包み、黒い筋がジュッと焦げるように焼かれていく。
その隙にアレンの剣が深く入り、ウルフは崩れ落ちた。
「……今の、何だったんだ?」アレンが息を荒げながら振り返る。
「セリアの光が……なんかすごかった……」ミリアも驚いた顔だ。
「わ、わたしもよく分からなくて……。ルイの魔力と重なった、ような……?」
セリアが不安げに俺を見る。(やっぱり、俺とセリアは“セット”で反応してる)
ラザールがウルフの死骸を調べ、険しい顔で言う。
「やはり深淵由来の汚染だな。……この感じ、学院地下から伸びている」
「ってことは――」
「ああ。この森の異常は、学院の“本命の門”と繋がっている可能性が高い」
その瞬間だった。
ラザールの懐の通信石が鋭く振動し、甲高い声が響く。
『こちら学院本部! 緊急事態発生――地下封印区画にて、本命の影門が“活性化”を開始! 職員は直ちに帰還されたし!!』
森の空気が、一気に冷えた。
「……最悪のタイミングだな」ラザールが低く舌打ちする。
俺たちは互いに顔を見合わせ――即座に決断した。
「全員、学院に引き返すぞ!」
こうして、初依頼は皮肉にも“途中打ち切り”という形で幕を閉じた。




