第6話:魔獣騒ぎと“無意識の力”
森の黒い煙を見た翌日、村の空気がざわついていた。家々の前では大人たちが集まり、小声で何度も話を繰り返す。
「昨日のは結局なんだったんだ……」
「火事じゃなきゃ、魔獣かもしれん」
そんな声が耳に届く。身体は幼いままでも、言葉の意味は理解できる。
(やっぱり“魔獣騒ぎ”ってことになるよな)
朝の光の中、セリアが弾むように駆け寄ってきた。笑ってはいるけれど、その奥にわずかな不安が残っているのが分かる。
「ルイ、今日も遊ぼう! ……でも昨日の黒いの、もうないよね?」
(察知してる。この子……やっぱただ者じゃない)
魔力の流れだけじゃない。“異変”そのものを嗅ぎ取る鋭さがある。胸の奥にある魂核がふっと温かく揺れた。
その瞬間だった。
「ぎゃああああ!!」
村の外れから響いた叫び声。続いて荒々しい足音が地面を震わせる。
「魔獣だ!! 森から下りてきたぞ!!」
(やっぱ昨日の黒煙、魔獣を刺激してた……?)
大人たちが武器を手に走り出し、ざわめきが一気に大きくなる。セリアは驚き、俺の手をぎゅっと握った。
「ルイ……こわい……」
(大丈夫。離れない)
本来なら抱えて逃げるしかない場面。それなのに、胸の奥の黒がざわりと波を立てた。
(……来る)
村の端の茂みが乱暴に揺れ、茶色い影が勢いよく飛び出す。
「ウルグルだ! 子どもを隠せ!!」
牙の鋭い狼型の魔獣。子どもどころか、大人でも不意打ちなら危険な相手だ。村人の槍先は震えていて、とても止められる状態じゃない。
「昨日の影が、やっぱり……」
そんな呟きが聞こえた。セリアの手が震え、しがみつくように俺の手を握る。
「ルイ……逃げないと……!」
彼女が言い終える前に、魔獣が地面を蹴ってこちらへ突進してきた。
(まずい。この距離は間に合わない!!)
武器も人も、誰も届かない。届く前に喰われる。
だから──
俺の“中”が、勝手に反応した。
(……来るな)
足元で空気が震えた。
黒い影が、地面から噴き上がるように伸びる。
「……っ!?」
周りの大人たちが一斉に息を呑んだ。
影は蛇のごとく魔獣に絡みつき、足を絡め取って引き倒す。ウルグルは勢いのまま転がり、呻き声を上げた。
「グル……ッ!?」
影はそれだけで役目を終えたかのように消え、土の上には痕跡すら残っていない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
(完全に深淵の力。しかも無意識で……)
だが大人たちはその異常を理解していない。
「ま、魔獣が……勝手に倒れたか?」
「なんだ……今の……?」
ただ一人、俺と手をつないでいたセリアだけが、震える声で言った。
「いま……ルイの足のところ……黒いのが……」
(やっぱり見えてるのはお前だけか)
大人たちは倒れた魔獣を確認し、安堵の息をつきながら運んでいく。
セリアはその間、じっと俺の手を握ったまま離さなかった。真剣で、不思議そうで、どこか安心したような目をしている。
「……ルイ、あのね」
(来るよな)
「ルイって……やっぱり“特別な子”なんだね」
(セリア……)
怯えはなかった。むしろ確信したような温かさを帯びている。
「大丈夫だよ。ルイは悪い子じゃないもん。だって──守ってくれたから」
胸の黒が、ほんの一瞬だけ柔らかく脈動した。
(守った……のか、俺が)
思っただけで身体は動かず、意識も曖昧なのに、それでもセリアは“守ってもらった”と受け取る。
彼女は俺の指をぎゅっと握り直して、小さく息を吸った。
「ずっと……一緒にいるからね、ルイ」
(……重いぞ、お前)
でも、その言葉は──
未来で俺が“闇堕ち”しかけた時に、
唯一その手を掴んで引き戻す、
とんでもなく大きな絆の始まりだった。




