第56話:監視開始──冒険者登録を強制される日
学院長室を出たあと、外の空気はやけに冷たかった。
胸の奥の重みはそれ以上で、歩くたびに胃のあたりがずしりと痛む。
(マジで……面倒ごとが全部俺に来てんじゃねぇか……)
隣を歩くセリアが、心配そうに覗き込んだ。
修繕途中の瓦礫の横で、金色の光粒が彼女の肩からふわりと零れる。
「ルイ……本当に大丈夫……? 怖いなら……わたし、ずっと隣にいるから」
(いやホント……お前が一番助けてくれてるわ)
ルイが返事をする前に、後ろから落ち着いた足音が近づいた。
ラザールだ。
「二人とも、少し話がある」
(うわっ、まだ続くんかい!?)
崩れた壁を修復する魔導師たちが行き交う渡り廊下を抜け、
人気のない一角でラザールが足を止めた。
「ルイ君。君は今日から――“監察対象”となる」
「……!」
セリアが息を呑み、ルイの胸に鋭い痛みが走った。
(やっぱそうなるよなぁぁ……!!)
「誤解するな。君を拘束したり、自由を奪うつもりはない」
(いやいや絶対、ちょっとは奪うだろ……!)
ラザールは淡々と続けた。
「ただし――君には、王都が“監視に値すると判断した理由”がある。
君の魔力は世界のどの分類にも属さない。“未知”だ。
もし制御を誤れば、国家規模の災害が起こり得る」
その目は厳しい。だが責めているわけではなく、ただ真実を告げていた。
「さらに……君を“鍵”と呼ぶ古文書が残っている。
深淵側も、光側も――君を探している」
(めっちゃ重いやつじゃん……俺が欲しいとかやめてくれ)
ラザールはそこで一息つき、懐から金属のプレートを取り出した。
光を受けて淡く輝く、見覚えのある形。
(うわ……それ……)
「冒険者ギルド“臨時証”だ」
(やっぱりぃぃぃ!!!)
「な、なんでルイが冒険者……?」
セリアが驚きで声を上げる。
ラザールは何でもないように答えた。
「王都は、君を“保護しつつ自由に動ける立場”に置く必要がある。
学院生の身分では不十分だ。
冒険者として登録すれば、行動理由が明確になり、監察局が護衛をつけても不自然ではなくなる」
(つまりこれ、“監視と自由の両立”ってやつか)
「ルイ、イヤなら断っていいんだよ!」
セリアが袖をぎゅっと掴んだ。手が震えていた。
ルイは短く息をつき、覚悟を固めた。
「……やるよ。登録」
ラザールは満足そうにうなずく。
「判断が早い。――明日の朝、王都ギルドへ向かう」
(ついに来た……少年期のメインイベント……!)
立ち去ろうとしたラザールが、ふと振り返った。
「それとルイ君」
「……?」
「昨日、君が巨影に踏み出した瞬間……
君の中で“黒”と“白”が同時に揺れた」
(……見られてたか)
「もしどちらか一方に傾いたら――その時は私が必ず止める」
その声音には脅しはなく、本気の覚悟だけがあった。
(……なんだよそれ……)
魂核が、胸の奥でかすかに震える。
ラザールが去り、廊下に静けさが戻った。
「……ルイ。わたし、明日も一緒に行くからね」
「ありがとう」
セリアが照れたように笑う。その瞬間、ルイの胸の白い光が温かく揺れた。
(……どんな監視が来ようと、守りたいもんは守るよ)
ルイは心の中で小さく呟いた。
こうしてルイは学院生でありながら、
“監視対象の特異点”として冒険者ギルドへ向かうことになる。
少年期の幕が、静かに、しかし確実に開き始めていた。




