第55話:学院長の密談──ルイの“魔力異質性”が暴かれる
学院長室は、学院の中で唯一“無傷”と言えるほど綺麗だった。
ほかの部屋が瓦礫や焦げ跡だらけなのに、ここだけ時が止まっているような静けさがある。
だが空気は異様に張り詰めていた。
「……来たか、ルイ君。セリア君も」
ベルムート学院長がゆっくり振り返る。
顔には昨夜の疲労が色濃く残っているが、その目だけは鋭いままだ。
隣に立つラザールは無表情。
そしてその奥、窓際には見知らぬ男が一人いた。黒いローブに王都監察局の紋章。背筋を伸ばしたまま動かない。
(うわ……監察局の本部員じゃん。ガチのやつ呼んでる……)
胸の奥が冷える。
ベルムートは椅子へ深く沈み込み、静かに口を開いた。
「まず、昨日の影門事件。あれは学院の歴史でも前例のない大規模災害だ」
その声だけで、部屋の空気が締めつけられる。
「だが問題は“その後”だ」
学院長は机の上の黒く焼け焦げた水晶へと手を伸ばす。
表面は細かくひび割れ、触れた瞬間、パリッと乾いた音を立てた。
(これ……どっかで見た……そうだ、アレン達が初日に使ったやつだ)
「これは“魔力残留測定器”。昨夜の戦闘後に残されていたものだ」
ベルムートは水晶を軽く押す。ひびはさらに広がり、粒となって崩れ落ちた。
「ルイ君。この水晶は――“君の魔力で破壊されている”」
(は???)
心の中で思わず声が裏返る。言いたいことはいくらでもあるが、喉の奥で必死に飲み込む。
「ま、待ってください!」
セリアが慌てて一歩踏み出した。
光の粒がふわりと揺れる。
「ルイは……昨日、何も! そんな攻撃なんて!」
ベルムートは穏やかな仕草で首を振った。
「承知している。君が影門に突っ込んだり、攻撃魔法を放ったわけではない。だが――」
水晶が、ひときわ大きく“パキッ”と割れた。
「この水晶を焼いたのは、ルイ君の“体内から漏れた魔力”だ」
(……あー……影が暴走したり、白が吹き出したりした時のやつか)
ラザールが静かに言葉を継ぐ。
「ルイ君。君の魔力は“二種類”同時に存在している」
「っ……!」
(おいラザール、それ言っちゃうの!?)
「白――聖属性に近い高純度の光核。
黒――深淵の残滓に酷似した魔力」
ベルムートの眉がわずかに動く。
「本来、この二つは絶対に同居しない。
相反する魔力だからな」
(そりゃそうだよな……俺の中じゃ毎回喧嘩してるけど)
「だが君の体内では、なぜか“均衡”している」
(いや、それセリアが毎回押さえてくれてただけ……)
ここでずっと沈黙していた監察局の男が低い声で口を開いた。
「問題は……その均衡が“いつ崩れてもおかしくない”という点だ」
部屋の空気が一段と重くなる。
セリアが不安げにルイの手を握った。
ベルムートがゆっくりと問いかける。
「ルイ君。これは責めるためではない。ただ、一つだけ確認したい」
「……?」
「――昨日、影が暴れたとき。
君は“何かに呼ばれた”感覚はなかったか?」
(……ある。めちゃくちゃある。けど……言えねぇ)
セリアが心配そうに覗き込む。
「ルイ……?」
ルイは柔らかく笑って、首を傾ける。
「……よくわからないや」
幼い生徒のふりをする。
ベルムートの張り詰めた顔が、わずかにほぐれた。
「……そうか。ならば今は良い。
君の魔力は“経過観察”とする」
(うわ……監視確定……まぁそうなるわな)
安心する暇もなく、学院長はさらに重い声で告げた。
「そして、もう一つ重大な報告がある」
ラザールが腕を組んだまま続ける。
「影門事件の直後……学院地下で“本物の門”が新たに発見された」
(……は?)
「昨夜のは“疑似門フェイク”だ。本命はまだ開いていない」
(ちょ、待て待て……嘘だろ……)
監察局の男が淡々と続ける。
「そして――その本命の影門は、
“ルイ・アーヴェントの魔力に反応していた”」
(いやあああああああああああ!!
完全に面倒なことになったァァァァ!!!)
ルイの脳内でサイレンが鳴り響く。
セリアは顔面蒼白になり、ラザールは黙ったままルイをじっと見つめていた。
こうしてルイは、影門事件の“中心人物”として
王都・教会・監察局――三方向から極秘監視対象に指定される。
だがこれは、まだ序章にすぎない。
学院中編から本格的に動き出す“闇の勢力”は、
この日を境に静かに蠢き始めるのだった。




