第54話:学院封鎖決定──影門事件の“後始末”
巨影が消え去った翌朝、学院にはまるで戦場の残り香のような静けさが漂っていた。
崩れた校舎の壁面には煤が残り、焦げた石畳の上には黒い魔力の跡が染みついている。
空気に混じる魔力の残滓が、風に揺れるたび微かに震えを走らせていた。
(……昨日、あんな化け物が出たんだもんな)
ルイは制服の肩に落ちた瓦礫の粉を軽く払って歩き出す。
足元の砂利が崩れ、踏むたびにかすかな音を立てた。
「ルイ……」
隣でセリアがそっと袖をつまむ。小さく震える指先から光がこぼれ、淡い金色の粒が朝の空気に混じって消えていく。
(まだ落ち着いてねぇ……光核が昨夜の影を引きずってる)
「大丈夫だよ、セリア。昨日の光……すげぇ綺麗だったし」
「え……っ……!」
褒められた瞬間、セリアの光核が跳ねるように輝き、頬まで一気に赤く染まった。
(……これ、もう覚醒直前だな)
二人がそんなやり取りをしていると、学院に鋭い声が響き渡った。
「――学院生徒諸君!」
崩れかけた時計塔の上で、学院長ベルムートが立っていた。
いつもの温厚な雰囲気は消え、いまは完全に“軍司令官”の顔だった。
「本学院は……本日より“無期限封鎖”とする!!」
どよめきが一斉に広がる。
「封鎖って……マジかよ……」
「授業どうすんだよ……」
「寮は!? 私物は!?」
「影門……本物だったの……?」
ベルムートは空気を切るように続けた。
「昨夜の影門……あれは“本来この世界に存在してはならぬ”ものだ。
これ以上、生徒を危険に晒すわけにはいかん!」
教師たちは険しい顔でうなずき、治療班はまだ負傷者を運んでいる。
学院全体が沈痛に沈むその様子を見て、ルイは胸の奥で思った。
(……今の学院、確かに戦える状態じゃない)
巨大影シャドウ・コロッサスの残した傷跡は、あまりにも深かった。
その最中、背後からひそひそ声が聞こえてくる。
「あの……昨日の巨大影……倒したのって誰なんだ?」
「誰か“光の柱”を出してたよな。あれ上位魔法?」
「いや……神聖術に見えたけど……」
(うわ……完全に見られてる……!)
もちろんルイの名は出ていない。
しかし、“光の爆発”=セリアという図式は噂として広がり始めていた。
「セリアちゃん……あれ、本当に君なの?」
アレンが心底恐る恐る聞いてくる。
「ち、違う……わたし……そんな……!」
セリアはぶんぶん首を振るが、その肩のあたりで――
ピクッ……と金色が漏れた。
(おいおいおい……バレるわ!!)
ルイは焦りながらセリアの手に自分の手を重ねて光を抑える。
「大丈夫、大丈夫。深呼吸な」
「……うん……」
セリアは胸の奥で光核を落ち着かせようと、何度も息を整える。
そのとき、低い声が背後から届いた。
「ルイ・アーヴェント君、セリア・フローレス嬢。こちらへ来ていただけますか?」
振り向くと、淡い銀髪の男が静かに立っていた。
昨日、巨大影を前にただ一人怯まず剣を振るった監察局の男。
――特任教官 ラザール。
(……やっぱ来たか)
周囲がざわめく。
「なんであの二人が呼ばれんの……?」
「え、ラザール直々って、マジで特別扱いじゃん……」
ラザールは表情ひとつ変えず告げる。
「学院長がお二人と“話がある”とのことです。特にルイ君。昨日、君の周囲で起こった“不明魔力現象”について――」
(うわぁぁ……完全に目つけられてる……!!)
セリアの指が震え、ルイがそっと握り返す。
ラザールの声は淡々としているのに、その奥にほんのわずかな“警戒”が混ざっていた。
「……安心してください。あなた方を責めるためではありません」
(いや、その言い方が一番怖ぇんだって……)
「では――学院長室へ。本件は“王都への極秘報告”にも関わる重大事項です」
(なにぃぃ……!?)
ルイの背筋に冷たいものが走った。
こうしてルイとセリアは、
学院最大の事件“影門”の余波の中で、
王都・教会・監察局――三方向から同時にマークされる存在となり、
新たな運命の渦に巻き込まれていくのだった。




