第49話:影門の主、顕現――学院崩壊のカウントダウン
巨影が崩れ落ちた瞬間、世界が“止まった”。
風も、音も、光さえも止まり、学院全体が一瞬だけ無音の闇に沈む。
その異常さに誰もが息を呑んだ。
「あ……れ……? 急に……寒い……」
セリアが腕を抱きしめた。
彼女の周囲だけ光が震え、儚い羽の幻影が揺れている。
(違う……これは寒さじゃない。
“引かれてる”……影の底へ)
魂核の黒が激しく脈動し、白核が押し返すたび火花みたいな光が胸の奥で散った。
もう限界は近い。
「全員! 動くなッ!!」
ラザールの怒号が響いた。
その声は普段の彼とは違う。
低く、獣の咆哮に近い音だった。
(……今の声……何だ……?)
疑問が形になる前に、足元が震えた。
旧校舎の地下で、
つい先ほどまで疑似門があった場所が──
ゴゴォォォォォォォ……!!
地響きを伴って、深淵そのものが沈んでいくように開いた。
影が渦巻き、空間ごと削れていき、
黒い裂け目がゆっくりと“円”を描いて広がっていく。
「やばい……! 本門だ……!!」
「嘘だろ!? 門ってこんなデカいのかよ!!」
教師たちが叫ぶが、誰一人近寄れない。
影が“圧力”になって押し返してくる。
(……これ、今までの影とは桁が違う)
胸の核が勝手に軋み、黒が暴れ、白が悲鳴の光を放つ。
そのとき。
『……見つけた……鍵……』
耳ではない。
魂に直接触れてくる声に、全身が瞬時に凍りついた。
深淵の主の声。
しかも今までの“遠い呼び声”ではない。
分かる。
近い。
この世界の中まで“来ている”。
「来るぞ!! 全員後退!!」
ラザールの指示と同時に──
バキィィィィィィィィィン!!
影門の中心を破壊しながら、巨大な“腕”が現れた。
黒鉄の外殻。
禍々しい紋様。
空間ごと引き裂くような指。
腕だけで、学院の塔の太さを上回る。
(うわ……これ……倒せるのか……?)
そして──
門の奥から“顔”が覗いた。
目も鼻も口も無い、仮面のような平らな表面。
ただ中心に、深紅の一点だけが灯っている。
その赤点を見た瞬間──
魂核の黒が絶叫した。
『……返せ……我が“鍵”を……』
「ひッ……!」
ミリアが後退し、アレンは剣を構えたが膝が震えている。
「な、なんだよ……化物すぎんだろ……!」
(いや、違う……これは“兵”でも魔獣でもない)
これは門の主の“影の分体”。
本体ですらない。
『……鍵……こちらへ……』
(来るなって言ってんだよ!!)
影の巨腕がルイへ向かって伸びる。
刹那、白い光が割り込んだ。
「ルイに……触るなぁぁぁぁぁッ!!」
セリアが両手を広げ、金色の光核を全開にする。
背後に六枚の光翼が幻のように広がった。
「え……セリア……?」
アレンが呆然とし、ミリアが言葉を失う。
ただ一人、ラザールだけは理解していた。
「……やはり“原初光核プリマ・ライト”か……」
(ラザール……お前、なんでそんなこと知ってんだよ……)
問いは呑み込まれた。
影の巨腕が光を軋ませながら迫る。
光が悲鳴を上げ、羽の幻影が砕けそうになる。
「くっ……重……い……!!」
その瞬間、ルイの胸で黒核が暴れた。
ドンッ……!
影門の主の“眼”が、ルイにだけ焦点を合わせる。
『……来い……鍵……
お前は……こちら側の存在……』
(やめろ……言うなって!!)
黒が爆ぜ、白が弾け、胸が裂けるような痛み。
「ルイ……っ!!」
セリアが叫ぶが、声が遠い。
そのとき。
ラザールが地を蹴った。
一瞬で巨腕の眼前に立ち、
左腕に“黒い鎧”を展開した。
(……黒の鎧!?)
影とは違う。
魔でも人でもない、“第三の色”。
「ルイ。ここからは……お前は後退しろ」
声が低い。
まるで別人の声だった。
「俺が……抑える」
(お前……何者なんだよ……!?)
影門の主が震えたように声を放つ。
『……裏切りし者……まだこの世界に……』
ラザールの目が冷たく光る。
「黙れ。
俺はもう“あっち側”には戻らん」
(あっち側ってどっちだよ!!)
次の瞬間、ラザールの黒鎧と、主の巨腕が衝突した。
爆音が空気を裂き、学院の大地が裏返るような衝撃が走る。
アレンもミリアも吹き飛ばされ、
セリアの光翼も揺らいだ。
その中心で──
ルイだけが見た。
影門の主の“眼”がまだ自分だけを見ていることを。
『……鍵……必ず……』
(来るな……!
絶対に……!!)
黒と白が胸で暴れ視界が滲む。
戦いは、まだ始まったばかりだった。




