第5話:歩きはじめと“初めての異変”
生まれて一年ほどが過ぎ、俺はようやく自分の足で立てるようになった。
赤ん坊だった頃は、ほとんどの時間を眠って過ごしていたのに、今は違う。
「ルイ、歩ける? ほら、ゆっくりだよ」
母さんが両手を広げて、優しく待っている。
その少し先で、セリアがにこにこしながら身を屈めて手を振った。
「ルイ、こっちだよー!」
その声に引かれるように、俺はよちよちと前へ足を出す。
(よし……今日は転ばずにいくぞ)
一歩、また一歩。
風に流れる魔力の粒が視界の端で揺れ、柔らかく光っていた。
そして──
「やった! 歩けたよ、ルイ!!」
弾む声とともに、セリアが勢いよく抱きついてきた。
小さな身体なのに、その温もりはやけに安心を運んでくる。
(……距離、近いな。なんか照れる)
幼いとはいえ、この子は本当に遠慮がない。
たぶん弟みたいに思っているだけだろうけど。
「ルイは本当に覚えるの早いねぇ。将来楽しみだよ」
母さんは嬉しそうに、俺たちを見守って笑った。
(歩くのも早いってことか……やっぱり魔力の影響?)
この世界では、魔力は筋肉や身体能力にも作用する。
魂核の濃さが成長速度に直結する仕組みも、なんとなく理解できていた。
──ただ、俺の場合は少し違っていた。
(魂核が……また熱い)
胸の奥で、黒と白の光がじわりと揺れ、脈打つように動く。
呼吸のような周期でじんわりと熱が広がる。
セリアがふとこちらを見つめ、首を傾げた。
「……ルイ、なんか変な感じがする」
(お前……本当に感知してるのか?)
セリアの直感は異常に鋭い。
普通の村人なら気づきもしない “魂核の揺れ” を、
この子だけはかすかに読み取ってしまう。
「うん……なんか、どきどきってするの」
(俺の胸の脈動と……同じタイミング?)
魂核の鼓動と、セリアの心臓の動きが一致していた。
まるで二つの魔力が共鳴しているような奇妙な感覚が走る。
その瞬間──
視界の端が揺れた。
森の方から、黒い煙のようなものがふわりと立ち上る。
昼の光に溶け、すぐに消えたが、見間違いではない。
(……深淵の気配!?)
心臓が一瞬だけ冷えた。
「セリア、家の人呼んでくるね!」
母さんは焦った顔で駆け出していった。
黒い煙なんて、普通なら火事か魔獣の兆候だ。
セリアは不安そうに俺の手を握りしめる。
「ルイ……なんか怖いよ」
(大丈夫。絶対に守る)
声にはできない。
だけど胸の中にはっきりとした小さな決意が芽生えた。
世界の鍵に選ばれたなんて、まだ理解しきれない。
深淵の黒い力をどう扱えばいいのかも分からない。
それでも──
(守りたいものくらい、もうあるんだ)
そう強く思った瞬間、胸の黒い光がふっと静まった。
まるでその思いに応えるように。
「ルイ……?」
セリアが不思議そうに俺の胸元を見つめた。
このとき、確信した。
セリアは俺の闇を抑える“光”なのだ。
だから離れちゃいけない。
(いつか絶対、この光を守れるくらい強くなる)
その覚悟が胸に刻まれた直後──
「ルイ、セリア! 森の様子、村のみんなで見に行くって!」
母さんが戻ってきた。
とりあえず大事にはならなそうだと安心した様子だった。
だけど俺は気づいてしまった。
(あの黒い煙……魂核の“揺れ”と同じタイミングで見えた)
つまり──
深淵の力は、
俺の中だけで留まっているわけじゃない。
世界のどこかへ“漏れ出している”。
これは、ほんの小さな予兆。
だが、後にとんでもない事件へ繋がる第一歩だった。




