第46話:門の主の囁き――“鍵”への招待
影門の奥には、本来この世界に“存在するはずのない存在”がいた。
光の届かない深淵。
その中心で、巨大な“目”がゆっくりとルイを見つける。
『……見つけたぞ、“鍵”』
(やばい……! 本当に声が……直接……!)
耳ではない。鼓膜でもない。
魂そのものへ語りかけられている。
冷たさ、重さ、優しさ、残酷さ。
矛盾した感情が全部混ざった声だった。
その一言だけで、胸の黒核がビリッと震え上がる。
「ルイ!! 聞くな!!」
ラザールの叫びが遠くに聞こえ、世界がゆっくり歪み始めた。
足元が崩れ、視界が黒い波で覆われていく。
そして、気がついたとき――
ルイは“門の奥側”に立っていた。
「ここ……どこだ……!?」
一面の闇。
だが、闇の中には無数の“白い線”が走り、どこかへ吸い込まれていく。
(これ……世界の“縫い目”……?)
理由は分からない。
けれど、この空間が“本来見てはいけない場所”だという確信だけはあった。
影が、ゆっくりと形を成す。
滲むように揺れ、やがて“人に近い何か”へ。
その存在が、ルイへ片手を伸ばした。
『久しいな、“鍵”』
(久しいって……俺、お前なんて知らねぇよ!?)
『知らぬで構わん。だが余は知っている。
お前の魂を、何度も、何度も見てきた』
(俺の魂……転生前も……?)
『そうだ。
お前は何度も“鍵に選ばれ”、その度に壊れた。
だが今世……ついに適性が揃った』
(おい……やめろよ不吉なこと言うの……)
影は淡々と続ける。
『黒を持ち、白に触れ、深淵と光の両方に繋がる魂。
これほど完全な“器”は久方ぶりだ』
(絶対ロクでもない使われ方するやつじゃん……!)
『ゆえに、お前は余の“扉”を開く。
望めば力はくれてやる。
世界を壊すほどの力すらも――』
(だから壊すなって言ってんだろ!)
影がくぐもった声で笑った。
足元の白線が震え、ルイの黒核に光が吸い込まれるように集まる。
『白に寄れば光を喰らい、黒に寄れば闇を宿す。
選べ、“鍵”。
どちらの世界を開く?』
(そんなもん選ばねぇよ……!!)
その瞬間――
ガンッ!!
世界に巨大な亀裂が走り、ルイの腕を誰かが掴んだ。
「ルイ!!」
セリアだった。
現実の光が深淵に差し込み、空間が揺らぐ。
『……巫女か……』
影が不快そうに身をよじる。
『光はいつも余の邪魔をする』
影の手がセリアへ伸びた。
白い輝きが焦げるように散る。
「セリア!!」
ルイは遮るように前へ飛び出した。
(絶対に……触れさせねぇ!!)
黒核が爆ぜ、深淵の色が腕にまとわりつく。
影がぴたりと止まった。
『その黒……やはりお前こそ――』
だが言葉の続きを聞く前に、現実世界からラザールの怒号が叩きつけられた。
「ルイ!! 戻れ!!
“そこ”はまだお前が来る場所じゃない!!」
深淵が裂け、光の渦がルイを包み込む。
『また会おう、“鍵”。
次は……開かせてもらうぞ』
声が遠ざかり、視界が白に弾けた。
その白光が消えたとき、ルイはセリアの腕の中に崩れ落ちていた。
「ルイ!! 大丈夫……!?」
額には冷たい汗が浮かび、胸奥の黒核はまだ小刻みに震えている。
「……俺……見られた。アイツに……」
セリアが息を呑んだ。
隣で、ラザールが珍しく感情を露わにする。
「ルイ。
お前が触れたのは“世界の底”だ。
本来なら神すら降りられない領域。
門の主と直接対話したのは……お前が初めてだ」
「初めて……?」
「ああ。
本来は存在すら感知されない……お前の核が異常なんだ」
ラザールは射抜くような視線で言う。
「――お前は、本当に“鍵”として生まれてきた」
学院の結界がどん、と震えた。
影門の奥では、何か巨大な影が姿を現し始めている。
(アイツ……“また会う”って言いやがった……)
胸の黒が脈を打つ。
(なら、その前に――絶対に強くならないと)
影門の闇の向こうで、地響きのような咆哮が響き渡った。
巨大な影がゆっくりと姿を現す。
学院編前半、最大の脅威――“影の巨躯”降臨。




