第45話:学院総防衛戦――“本門侵入”と揺らぐ二つの核
旧校舎の深部に開いた“本物の影門”は、もはや裂け目と呼ぶには大きすぎた。
ギチギチ……ギチッ……と金属がゆがむような音が響き続け、薄闇だった空間が黒い静電気の膜をまとったように震えている。
その奥には底の見えない暗黒が広がり、まるで巨大な生き物が潜んでいるかのような圧が揺らめいていた。
学院中へ緊急アラートが轟く。
『全生徒は避難誘導に従え! 教員は第三区画へ!
影討伐隊は即時、戦闘陣形に移行!』
校舎全体が震え、結界の紋が連鎖的に光を放つ。
(……本当に開いた……。これが“本門”……!)
ルイの胸奥で黒い核がぞわりと蠢いた。
訓練中とは比べ物にならないほどの強烈な“ざわめき”が、脈動として身体中に響いてくる。
すぐ隣では、セリアが膝をつき胸を押さえていた。
彼女の身体から零れた白い粒子が、火花のように空気へ散り、爆ぜる寸前の光を帯びている。
(白の核が覚醒に踏み込んでる……!)
「セリア! こっちを見るな! 光を外へ漏らすな!」
ラザールが鋭い声で制止する。その声色は、いつもの授業のときのそれとはまるで違った。
低く深く、虚無と灼熱を同時に抱えたような響き。
(ラザール……。今の声……)
振り返った彼の瞳。その奥で、常人には見えない“深淵の縁”のような色が揺れた。
まるで別の世界の残光を宿しているように、金色と暗い蒼が微かに交錯している。
(……あんた、やっぱり普通じゃない……?)
ラザールは視線だけでルイに静かに告げた。
「ルイ。お前は絶対に黒を暴走させるな。
セリアの白と干渉したら――」
その言葉が終わる前に、影門が爆ぜた。
ズドォンッッ!!
黒い衝撃が廊下ごと薙ぎ払い、天井が軋む。
影の霧と土煙が身体を抉るように吹き抜ける。
「出るぞ……!」
影門から“人型”が這い出てきた。
四足に折れ、逆関節の腕で床を掴みながら進む。
ぎりぎりと鳴くように身を震わせ、のろりと顔を上げた。
そこにあったのは、感情の欠片ひとつない“無”の瞳。
「……来たか。〈虚ろ獣ホロウ〉の第一段階だ」
ラザールの声が低く落ちる。
同時にルイの魂核が黒と白を同時に発光させた。
(なんで……今……!
白も黒も震えてる……!?)
まるで影門の奥から誰かに呼ばれているように、魂が引きずられる感覚が襲う。
「ルイ!!」
セリアの叫びが飛び、意識がその一瞬で引き戻された。
「だめ……行っちゃ……!
門と……繋がっちゃ……!」
セリアの白が暴走寸前の勢いで膨張し、逆にルイの黒は深く沈み、門の闇と呼応していく。
(白が……門に吸われる……! やばい……!)
「二人とも、後ろへ下がれ!」
ラザールが影を裂くような速度で踏み込み、虚ろ獣を蹴り飛ばす。
その脚が影を貫く一瞬だけ、深淵色の軌跡が走った。
(……ラザール……
あれ、俺と同じ側の力じゃないか……?)
問いを投げる間もなく、影門の奥で二体、三体と新たな人型が立ち上がる。
ぞ……ぞぞぞ……!
校舎全体が、底から黒に侵食されていくような重い感覚に包まれる。
(まずい……この圧……押し寄せてくる……!
学院が……食われる……!)
その時――
セリアの身体から白い光柱が天井まで伸び上がった。
「っ……!」
ルイの黒が反応し、胸が焼けるような熱で満たされる。
(白と黒が……噛み合った……!?)
魂核が勝手に回転し始め、視界が揺れる。
「ルイ、抑えろ!!」
ラザールが怒号をぶつけた。
「黒の核を開くな!
“鍵”が開けば――
門の主が、お前を見つける!!」
(門の……主……?)
その言葉が脊髄にまで刺さるほどの恐怖を呼び起こした。
影門の奥で、巨大な“目”が開いたような圧が響く。
ぞわっ……
(……っ、今……見られた……!)
黒が震え、白が悲鳴を上げるように膨らんでいく。
セリアが泣きながら叫んだ。
「ルイ!! 絶対……絶対に戻ってきて!!
黒に……行かないで!!」
(当たり前だ……俺は……俺で……!)
だがその意思が届くより早く、
影門の奥にいる“巨大な存在”がゆっくりと手を伸ばしてきた。
学院全体の結界が同時に悲鳴を上げる。
『非常警戒レベル深赤に移行。
全教員は最終陣へ。
“鍵の子”の投入を審議開始――』
(俺を……戦力として出すつもりかよ!!)
視界が黒と白で渦を巻き、胸が焼けるほど熱い。
魂核が爆ぜるように光をあげる。
そして――
影門の奥から、はっきりとした“声”が届いた。
『……見つけたぞ、“鍵”』




