第44話:本門発現 ― ラザールが視た“鍵の色”
黒い亀裂が学院の空に走った瞬間、結界全体が低く唸り、学院中の空気が震えた。
空そのものが軋むような音を立て、魔力の流れが逆巻き、肌に刺さるほどの冷気が降りてくる。
(……もう隠しきれないな。これは世界規模の反応だ)
魂核の“黒”はざわつき、暴れ出す寸前の獣みたいに唸っている。
逆に“白”は、それを抑え込むために必死に光を張っていた。
「ルイ……あれ、門だよね……?」
セリアは震えながらも目をそらさなかった。
その瞳はまるで“門の奥”にある何かを見つめているように淡く光っている。
(セリア……お前の白核、門に反応してる。普通じゃない)
白が揺れれば、黒も揺れる。
二つの力が学院の空に呼応していた。
学院本棟の作戦室では、学院長が椅子から勢いよく立ち上がり、杖を掴んで震えていた。
「……本門が動いた、だと……? 第二の門すら対処できていない状況で……これは最悪の事態だ……!」
監察局隊長は冷静な声で告げる。
「本門は“世界災厄級”です。学院ごと飲み込むつもりで出てきています」
「なぜ学院なのだ!」
「誘導した者がいます。内部に」
作戦室の視線が一斉に、灰ローブの男へ向けられた。
その男は、薄笑いを浮かべたまま肩をすくめる。
「……まさか私だと言いたいのかね?」
「お前以外に誰がいる」
「証拠がなければ無意味だ」
(この余裕、完全に黒側の匂いするんだよ)
だが監察隊長は追い詰めすぎず、優先事項を変えた。
「黒幕は後回しだ。今は学院の生徒を守るのが先だ」
そこで、ずっと黙っていたラザールが口を開いた。
「――守るだけで足りると思わないほうがいい」
「ラザール教師……?」
ラザールは遠くを見るような目つきで空を見上げる。
「本門が開けば、影は“器”を求めて学院中に溢れ出す。
最初に狙われる者は決まっている」
「誰だ?」
ラザールは一拍置き、静かに答えた。
「――“光の器”と“深淵の器”」
室内が凍りつく。
(……俺とセリアってことだよな)
監察隊長が表情を曇らせる。
「貴様……その情報をどこで……?」
「観測した」
「何をだ?」
「学院に存在する“特異な魂核”を」
ラザールの瞳がわずかに金色を帯びて揺れた。
(やっぱりこの人、ただの教師じゃない)
「学院に二つ……いや正確には三つ。“鍵”に繋がる核がある」
(……三つ? 俺とセリア、あと一つは誰だ)
「一つは……ルイ・アールフェルトだ」
作戦室の空気が激しく揺れる。
「なんだと!? 赤ん坊の頃は低出力と――」
「隠しているだけで、隠しきれてはいない。魂核の色は……俺には見える」
(終わった……バレてるじゃん完全に)
ラザールは淡々と続ける。
「学院は選ばなければならない。“鍵”を守るか、使うか……殺すかだ」
「ラザール! 何を言っている!」
「事実を言っているだけだ。本門が最初に狙うのはルイだ。間違いなく」
一方その頃、生徒寮の前。
黒い霧が空の亀裂から絶えず溢れ、学院全体を覆い始めていた。
(来る……多分、すぐ来る。魂核が騒ぎすぎて分かる)
セリアが不安で泣きそうな顔を向ける。
「ルイ、怖いなら……逃げよ?」
「逃げない」
(逃げたところで追ってくるし、お前だけ置いて逃げるとかあり得ない)
そのとき。
「ルイ! セリア!」
アレンとミリアが駆けてきた。
「……お前ら、ここにいたら危ねぇだろ!」
「危ないから来たんだよ!」
アレンは剣を握りしめて叫ぶ。
「仲間だよルイくん。隠されても……分かるよ」
ミリアも杖を構えた。
(……お前ら……そんな言われ方したら、もう頼るしかなくなるだろ)
その瞬間、空の亀裂が大きく裂けた。
ギ……ギギギ……ッ!!
空間が引きちぎれ、黒い巨大な“口”が開く。
『――ケイ……』
(やべぇ……本当に来た)
学院中で悲鳴が上がる。
「アレン、ミリア、セリア……下がれ!!」
ルイの魂核が暴れ、胸の奥で“白”が強く光る。
それに応じるように“黒”も蠢き、爆発寸前の圧が体中を走る。
(抑えないと……ここで暴れたら俺が影門になる……!)
そこへ背後から落ち着いた声が響いた。
「……ルイ」
ラザールだった。
「お前が何を隠しているかは、もういい。
今は――生きろ」
(……え?)
ラザールの瞳が“本当の色”に変わる。
金と蒼の二重円が回転するように光り、普通の人間の目ではあり得ない輝きを放つ。
(……それ、どう見ても普通じゃないだろ……)
「鍵よ。本門がお前に触れようとしている」
黒い霧が、生徒寮の前へゆっくり降りてきた。
影の腕がゆっくり伸び、ルイへ触れようとする。
『…………ケイ……』
(来る……!)
白と黒が激しくぶつかり合い、魂核が悲鳴を上げる。
「ルイ!!」
「ルイ、下がれ!!」
影の腕がルイの胸へ触れかけた、その瞬間――
爆発するほどの“光”が走った。




