第42話:影門から現れた“人型”──学院の闇に刻まれた声
黒い霧が渦を巻く中心で、“それ”はゆっくりと形を取り始めた。
最初は、ただの塊。
だが、輪郭が歪みながら伸び、縮み、千切れた影が再び集まり──
腕が生え、脚が伸び、顔の土台だけがぼやけたまま“人の姿”へと変貌していく。
(……これ、影の化け物だけじゃねぇ。もっと……違う何かだ)
隣でアレンが息を呑む。
「おい……あれ、人……なのか?」
「違う……でも、人の“形”を覚えてる……そんな気配……」
ミリアの声は完全に青ざめていた。
影の人型は、顔だけがまるで水の中のように揺れており、断続的に“別人の顔立ち”へと変わっていく。
それが一瞬、ぴたりと止まり──
学院の制服のような模様が影に浮かんだ。肩章。胸の銀のバッジ。
(まさか……)
ミリアが震える唇でつぶやく。
「……学院生の……“死体”の……残り……?」
否定するように首を振ろうとした、その瞬間。
『……あ……あぁ……たす……け……』
影人型が、人間の声で泣くように呟いた。
「っ……!」
セリアが恐怖で固まり、ルイの腕にしがみつく。
「ルイ……! 声……人の声だよ……!」
(影は……死んだ魂を喰う。
残った声だけ……引きずったまま……形にしてる)
影は苦しげに呻き続けた。
『……くろ……かった……
なにも……みえ……なくて……
たすけ……て……』
助けを求める声なのに、温度がない。
泣いているようで、どこにも感情がない。
影門の奥から、さらに圧が増した。
その瞬間──
『……ダマレ』
影人型の声が、凍りつくように切り替わった。
男でも女でもない、低く濁った声。
明らかに別の“意思”だった。
『コイ……鍵……』
(……来たな。黒幕の声)
影人型が、ぬるりとこちらへ顔を向け、形のない眼孔でルイを射抜く。
『オ前ハ……世界ヲ開ク器……
我ラハ……オ前ヲ待ッテイタ……』
「やめて……!」
セリアがルイの前へ飛び出しかける。
(ダメだ、セリア! 黒が反応する!)
魂核が強く揺れ、白核が爆ぜる寸前まで高まる。
「ルイに……近づかないで!!」
セリアの叫びと同時に白光が弾け、影人型が一気に後退した。
霧の中から低い笑いが響く。
『……オマエ……巫女……
チカイ……ダガ……未熟……』
冷たい嘲り。
続く言葉は、影が濃くなるほどはっきりした。
『マタ会オウ……鍵ト巫女ヨ……
次ハ……本門デ……』
影人型は、黒い霧へと溶け落ちていった。
残ったのは、第二の影門が鳴らすゴゴゴ……という低い震動音だけだった。
「……やべぇ……完全に意思、持ってただろあれ……」
アレンが唾を飲み込む。
ミリアは涙目で影門を見つめていた。
「影に喰われた魂を“器”にして……
黒幕が……遠隔で操ってる……?」
ヴォルツは険しい表情で歯を噛む。
「こんなものが学院に放置されていた……
誰が……知っていた?」
その問いが空気に落ちた瞬間、
「──答えよう。」
背後の闇がざわりと動き、数名の騎士が姿を現した。
黒い外套。胸には王立監察局の紋章。
(……監察局。しかも武装隊。完全に“本気の部隊”じゃん)
先頭の男が一歩前に出る。
「我々は旧校舎に潜む“異常魔力”を追跡していた。
そして確信した。ここに第二の影門があると。」
「じゃあ……知ってたのかよ!?」
アレンが詰め寄ると、騎士は首を振った。
「正確には……“知っていた者がいた”。
だが、報告は誰かに握り潰された。」
(……やっぱ内部に黒幕がいる。確定だな)
騎士の視線がルイへ向く。
「少年……君は何者だ?
なぜ影門が君に反応する?」
(やべ……また聞かれた)
即座にセリアが前へ出た。
「ルイは……関係ない!
ここでも、守ってくれたのはルイだよ!」
騎士は目を瞬かせ、少しだけ表情を変えた。
「……巫女の光。やはり本物か。」
(おい、セリアの“巫女”バレ過ぎ問題)
監察局は影門を囲み始めた。
「ここは我々が封鎖する。
だが──」
隊長が低くつぶやいた。
「第二の門が開いたということは……
本物の“本門”が、そろそろ動き出す。」
(まだあるのかよ……!)
地下の空気全体が、どこか遠くの闇と繋がったようにざわめいた。
学院を覆う“本門”の気配が──
ついに動き始めた。




