第40話:封印書庫突破――“影門の核”との遭遇
学院地下へ続く石の階段は、足音すら吸い込むように静まり返っていた。
薄暗い空気の中を、セリアの白光が小さな灯のように揺れながら照らしていく。壁に伸びる影が歪み、ゆっくり形を変えるたび、ルイの胸の黒核は微かに震えた。白核がその上から包み込むように光を広げ、黒のざわめきを押さえつける。
(ここから先……影の濃さが桁違いだ)
圧のある空気が皮膚を撫で、呼吸のたびに胸の奥がざわつく。セリアがちらりと覗き込むように見上げてきた。
「ルイ……本当に大丈夫?」
「うん、問題ないよ」
本当のところ、誰より不安なのは自分だ。それでも口には出せなかった。大きく力を見せれば黒が暴れ、黒が暴れれば学院も教会も世界も反応する。
(だから……とにかく隠すしかない)
階段を降りきった先、空気がひときわ重たく沈んでいた。
ヴォルツが足を止め、前方を指した。そこには学院地下二階の最奥、封印書庫の巨大な鉄扉が立ちはだかっている。本来なら封印術式の光が淡く揺れているはずだが、扉を覆う紋章は黒く腐り、刻印は溶け落ちて床にこびりついていた。
「……全部、死んでる」
ミリアの声は震えている。アレンも息を呑んだ。
(結界が……完全に壊されてる)
ヴォルツが一歩前へ出る。
「ここを破壊できるのは、学院上層部か……“深淵の知識を持つ者”だけだ」
(つまり黒幕は内部確定ってことか)
ルイの胸の黒核が、不気味なほど反響する。
『……開ケ……よび声……ちカイ……』
(黙れ……今は余計な反応するな)
黒は揺れ続け、白が必死に押さえ込んでいる。
ヴォルツが扉へ手をかざし、低く言った。
「開けるぞ」
灰色の魔力が扉へ注ぎ込まれ、アレンが剣を構え、ミリアが補助陣を広げた。
次の瞬間、鉄扉が内側へ崩れ落ちるように倒れる。
乾いた埃が舞い上がり、書棚が乱雑に倒れ、散乱した書物の上に影が広がっていた。部屋の中央には、地面を丸くくり抜いたような黒い穴がぽっかりと空いている。
セリアの白光が震える。
「……なんだ、これ……」
(影門……いや、まだ“核”の段階だ)
黒核がノイズのような囁きを放つ。
『……コレ……核……我らノ門……』
(開かせねぇよ)
黒い円の縁から、影の血管のような筋が壁と天井へと這い上がっていく。
アレンが顔をしかめ、ミリアが青ざめた。
「これ全部……影の術式……?」
「学院を丸ごと飲む気かよ……!」
その時、黒い穴が脈を打ち始める。
ドクン……ドクン……。
影が床に染み出し、足元にじわりと迫ってくる。
(やばい……セリアまで引きずられる)
セリアが胸を押さえ、息を呑む。
「ルイ……影が……痛い……」
「セリア、手」
ルイはそっと彼女の手を握り、白核の光を流し込む。温かい光が溢れ出し、影がすっと後退した。
「……やはり君らは対で動くと異常だ」
ヴォルツが感情を抑えた声で呟いた。
(言うなって……バレたら全部崩れる)
緊張が張りつめた空気の中、突然、人間の声が響いた。
『……鍵の子よ……来ると思っていた……』
ミリアが震える声で言う。
「人……? 誰かいるの……?」
「いや、思念体だ。黒幕が術式越しに話している」
ヴォルツが低く答える。
『選ばれし器よ……お前の黒は世界を開く……妨げる者はすべて敵だ……』
(喋るな……黒が揺らぐ……!)
魂核がきしみ、不協和音が頭の奥に刺さる。
『来い……鍵……影の門を共に開こう……』
「行くかよ、そんな誘い」
ルイはセリアの手を強く握った。
白核が輝き、黒が押し戻される。
影の声は途切れ、書庫は再び静まり返る。
ヴォルツが剣を抜いた。
「今ので確定した。影門は今日中に核を破壊しなければならない。さもなくば学院が影に飲まれる」
「破壊って……どうやってやるんだよ?」
アレンが強張った声で言う。
「核の中心へ魔力を叩き込む。ただし適合者でなければ暴走する」
ミリアが息を止める。
「じゃあ……誰が?」
「ルイ。君だ」
(……来たな)
黒も白も両方制御できるのは自分だけだ。
だが力を見せれば、世界の勢力が一斉に動く。
(今は……選べねぇよな)
ルイはゆっくり手を上げた。
「やる。セリアが一緒に来てくれるなら」
「ルイ……!」
二人は核の前へ進む。
影がざわめき、穴の奥で声が震える。
『来イ……鍵……我らノ元ヘ……』
「行くわけないだろ」
ルイは白と黒を混ぜた“灰色の光”を生み出し、核へ叩きつけた。
ズガァァァンッ!!
黒い穴が爆ぜ、影の術式が一斉に軋みを上げる。
「全員退避!!」
ヴォルツの叫びと同時に、天井が崩れ始めた。
壁を這う影術式が逆流し、書庫全体にひびが走る。
ルイはセリアを抱き寄せ、アレンとミリアの腕を引き、ヴォルツとともに出口へ駆けた。
(核は壊した……でも黒幕はまだいる)
廊下へ飛び出した瞬間、背後から不気味な笑いが響く。
『……フフ……壊しても無駄だ……鍵ノコ……』
影はノイズ混じりに言葉を続ける。
『門は……まだ……一つではない……
真ニ開ク門ハ……学院ノ“奥”ダ……』
(まだある……?)
黒核が震え、白がその震えを押し留めている。
(やっぱり……ここで終わりじゃない)
学院全体に漂うざわめきは、まだ止んでいない。
ヴォルツが息を整え、低く呟いた。
「本命の門は別だ。学院地下──もっと深い場所にある」
アレンとミリアが絶句する。
「まだ続くのかよ……!」
「学院に……第二の門が……?」
ルイは静かに息を吸った。
(なら……全部ぶっ壊すしかない)
セリアがそっと手を握り返す。
「ルイ……わたし、どこまでも一緒に行くよ……」
崩れた封印書庫の奥から漂う闇は、まだ脈打ち続けていた。
学院地下のさらに深い場所に、“本物の影門”が眠っている。




