第37話:旧校舎深部へ――“鍵の子”と“光の巫女”の選別
チーム戦が終わったその日の夕刻、学院の空はどこか貼りつくように静まり返っていた。校舎の端──旧校舎へ続く細長い通路には、薄い黒い霧が漂い、夕日の光を鈍く歪めている。
(やっぱり……ここが本命だ)
黒の残滓が示した先は、誰も近づかないはずの旧校舎だった。
――カツン、カツン。
足音が響く。振り向くと、セリアが不安と覚悟を同時に宿した目でこちらを見上げていた。胸の奥で白核が淡く揺れている。
「ルイ、行く……?」
「うん。でも、セリアは無理しないで」
「無理なんてしないよ。……わたし、ルイと一緒に行きたいから」
(もう……完全に覚醒直前の光だな)
そのとき、足音が二つ駆け寄ってきた。
「おい! 二人だけで勝手に行くなって!」
「ルイくん、旧校舎は危険レベル“B”のままなのよ。本来、立ち入り禁止区域なんだから……」
ミリアは言いながらも、瞳の奥に迷いはなかった。
「……それでも、行くんでしょ?」
「俺とセリアだけのつもりだったけど……」
「バカ言うな! 仲間だって言ったよな!」
「そうです。私たちも行きます」
(……ほんと、いい仲間ができたな)
薄暗い廊下の突き当たりで、旧校舎の扉が静かに鎮座している。
冷たい金属の取っ手に触れた瞬間──ひゅうう……と凍りつくような風が内側から吹きつけてきた。古びた床は軋み、壁のひび割れには黒い影が染みこんでいる。
『……鍵……開けよ……』
(……来た。深淵の“声”)
魂核の奥がじわりと疼き、セリアの白核も反応するように明滅した。
「ルイ……今の、何?」
「大丈夫。……行こう」
四人は並んで廊下の奥へ進む。歩くたびに、黒と白の魔力の波が交互に押し寄せてくる。肌に触れる空気がぞわりと逆立つように冷たく、息をするだけで胸の奥がざらついた。
「この感じ……普通の影の気配じゃないぞ……!」
「違う。これは“門”の揺らぎ。……もっと奥にある」
ミリアの声が震えている。
(やっぱり、疑似門の核はこの奥だ)
奥へ進むと、一際重い扉が立ちはだかっていた。ラザールでもないのに開けていいのかと思うほどの圧がある。しかしルイが押すと、ギィ……と悲鳴のような音をあげて開いた。
目の前に広がったのは、巨大な円形の部屋。
中央に──黒い“半球状の裂け目”が浮かんでいた。
空間そのものが切り取られたような、底のない闇。
「な……なんだよこれ……」
「影の“門”。……でも、不完全。誰かが無理やり開いた感じ……」
『……鍵ノ子……来タ……』
(呼ぶな。気持ち悪いんだよ)
セリアの白核が、突然眩い光を溢れさせた。部屋中に柔らかな白光が満ちる。
「……わたし……ここ、知ってる……。“白の巫女”の……記憶……?」
(やっぱりセリア、“光側の巫女”の因子持ちか……)
黒門の闇と白の光が真正面からぶつかり合い、空気がビリビリ震動した。
次の瞬間、黒門の奥から“影の腕”が伸びてきた。アレンが咄嗟に前へ出たが──影は彼を完全に無視し、一直線にルイだけを狙う。
「ルイ!!」
セリアが飛び込もうとした瞬間、白核が反射的に爆ぜ、彼女の周囲に光の結界を張った。
(これ……試されてる)
『鍵ノ子ヨ……力ヲ差シ出セ……』
(はぁ? 選別とか……マジでムカつく)
「黙れ。俺は誰のものにもならない」
黒魔力が逆流し、ルイの身体へと戻っていく。
「影、三体! 出現!!」
ミリアの叫びと同時に、門から三つの影獣が飛び出した。部屋の空気が一気に黒へ傾く。
セリアが白核を展開し、眩い光を放つ。
「ルイを……傷つけるなぁ!!」
光が爆ぜ、影獣を焼き払う。
アレンが大剣を担ぎながら叫んだ。
「行くぞ! ここで退いたら男じゃねぇ!!」
ミリアも魔法陣を展開する。
「解析完了! 影獣は“門”と繋がってる! 本体を削れば門も弱る!」
(なるほど……つまり核を潰せば終わる)
黒い腕が再び迫る。
(……試すなら、逆にこっちから掴んでやる)
ルイは影の腕を素手で掴んだ。
ズンッ──空気が圧縮される。
『……ナゼ……拒ム……』
「知らねぇよ。勝手に選別してくんじゃねぇ」
握る手に黒魔力を逆流させると、影の腕が音もなく砕け散った。
セリアが一歩横へ並び、そっと肩を寄せる。
「……ルイは“黒”なんかじゃないよ。……わたし、知ってる。ルイは“白と黒の間”の人……」
(おい……そんな真っ直ぐ言うな……照れるだろ)
その間にアレンとミリアが影獣を押し込み、叫ぶ。
「ルイ! 決めろ!!」
(抑えたまま……核だけこじ開ける)
「……砕けろ」
低く呟き、拳を黒門の中心へ叩き込んだ。白でも黒でもない灰色の衝撃波が広がる。
ドォンッ!!
黒い裂け目が揺らぎ、ひび割れ──粉々に砕け散った。影獣たちも同時に霧となって消え去る。
しかし沈黙は訪れなかった。
「……終わったの……?」
「いや。“本物”はもっと深い層にある」
ミリアの表情は引き締まっていた。
「これは偽装門。学院のどこかで“疑似門装置”が動いてる……!」
(やっぱり……黒幕がいる)
セリアが手を握り、温もりを伝えてくる。
「ルイ……わたし、多分全部思い出す。“光の巫女”としての記憶……」
(ついに来たか。セリア覚醒フラグ……)
アレンが拳を鳴らす。
「決まりだな。黒幕、ぶっ飛ばしに行こうぜ!」
(ほんと……いい仲間に恵まれたな)
四人は互いにうなずき合い、深く息を整えた。
旧校舎の闇の奥では、まだ何かが蠢いている。




