第27話:迫る“影”――学院結界、揺らぐ
影門が消えた旧校舎には、生温い静寂だけが残っていた。
闇は引いたはずなのに、空気はまだ“恐怖の残り香”で満ちている。
(……影門が開いたのは偶然じゃない。
誰かがあれを“誘導”してる)
監察局の隊長が硬い声で命じた。
「生徒たちはここから退避させろ。本日より旧校舎は完全封鎖とする」
「お、おい待てよ。まだ何が起きたのかも分かってねぇのに……!」
アレンが声を荒げたが、隊長の視線は彼らではない。
その奥──学院の中心部を鋭く見据えていた。
学院上層部の評議会室では、扉が閉まると同時に怒号が飛び交った。
「第二の門だと!? なぜ報告がなかった!」
「旧校舎の管理責任者はどこだ!」
「影門の発生は王都教会へ即時連絡する規定だぞ!」
学院長代理の老人が机を叩きつける。
「答えろ。誰が情報を握り潰した?」
重苦しい沈黙。
数名の教師が視線を逸らすなか──灰色のローブの男だけが落ち着き払っていた。
(……あ、こいつだ)
ルイには分かった。
男の周囲だけ、魔力の流れが不自然に歪んでいる。
影の残滓をまとったような“匂い”。
「旧校舎の異常は、ただの魔力濃度の偏りだと思っていたが?」
平然とした声だった。
(いやいや、あんな真っ黒い影、絶対気付くだろ)
監察局隊長が一歩前へ出る。
「その言い訳、雑すぎるな」
男の目が細くなる。
「……では君は何を知っていると?」
隊長は迷いなく言った。
「──“本門”の存在だ」
評議会室が凍りつく。
「第二の門が開いた。
ならば“本命である本門”が動くのは時間の問題だ」
「ふ、ふざけるな! 本門など伝承にすぎん!」
教師の叫びを、監察局は淡々と遮る。
「旧校舎の影……“人の残滓”を使った操影術……
隠す理由は一つだ」
灰ローブの男の唇がわずかに吊り上がった。
「言ってみろ」
「──学院に、影門の黒幕が潜んでいる」
空気が重く落ち込む。
(やっぱり……マジで居るんだな)
男の瞳が一瞬だけ揺れた。
「証拠は?」
「第二の門だ。それ以上の証拠が必要か?」
「はっ、そんな曖昧な――」
「そして今夜、影門は“本門”を誘導しようとしている」
灰ローブの男の顔がわずかに固まる。
その一瞬で、ルイには確信できた。
(確定だな。お前が黒幕側)
隊長は続ける。
「本門はまだ場所を確定していないが……
深淵の残滓は学院の“中心部”を指している」
「結界核……? 学院の中枢が……?」
「影の中心が学院だと……?」
恐怖が評議会室の中で広がっていった。
その頃、生徒寮では、ルイがベッドに腰を下ろしていた。
セリアが涙を浮かべた目で袖を握る。
「ルイ……今日の影……こわかったよ……
あれ、人の声だったよね……?」
「……ああ。分かってる」
ルイの魂核では、まだ黒い波紋がわずかに蠢いている。
(影門の黒……俺の黒……
多分、根っこは同じなんだろう)
セリアが不安げに問いかける。
「黒い門って……なに……?」
「……まだ言えない。でも絶対に、お前だけは巻き込まない」
セリアは涙をこぼしながら首を振った。
「ルイを守るよ。
ルイが怖がるほうが、わたしはイヤ……!」
(いや……俺のほうが黒の側に近いんだけどな……)
その瞬間、学院全体が低く震えた。
ゴッ……!!
「っ!? いまの地震……?」
(違う。魔力の震動……!)
魂核が鋭く反応した。
窓の外──学院中央塔の上空に、黒い“亀裂”が一本走る。
(……っ!!)
意識の奥に声が響く。
『……鍵ヨ……』
『本門ガ……“開ク場所”ヲ決メタ……』
(きた……!)
空の亀裂がゆっくりと広がり、黒い霧が漏れ出した。
雷光のような影がその中を走る。
「ルイ……これ……どういう……?」
セリアの声が震える。
(分かってる……もう止まんねぇ)
深淵の声が笑った。
『来イ……鍵ヨ……
学院ノ中心デ……待ッテイル……』
学院上空に、“本門”の輪郭がゆっくり姿を現し始めていた。




