第23話:王都騒然──暴走魔獣と“影の救い手”
――あの“会議の日”から五年が経った。
ルイは六歳。セリアは八歳。
二人は王立魔導学院の“特別育成区”で保護され、監視されながら日々の訓練に励み、確実に力を伸ばしていた。
そして今日。
五年ぶりに学院の外へ出て、王都の簡易宿に滞在している。
(学院の正式試験は三日後……
なのに、妙に街がざわついてるな)
魂核の黒がざらりと揺れた。
『……近イ……“乱レタ魔力”……』
(乱れた魔力……)
嫌な予感はすぐ的中する。
外から母さんの慌てた声がした。
「ルイ、セリア……! 市場の方で“魔獣が暴れてる”って!」
(……うわ、そう来たか)
宿を出ると、大通りには人々が溢れていた。
遠くで爆音。魔力衝突の震え。
王都兵の怒号まで聞こえる。
「避難を! 一般市民は下がれ!」
「なんで王都中心部に魔獣が……!」
(市場で魔獣暴走なんて……普通ありえない)
セリアが不安そうに腕を掴んだ。
「ルイ……こわいよ……」
「大丈夫。……でも、ただの事故じゃないな」
黒が低く囁く。
『……アレハ自然発生デハナイ……“誰カ”ガ誘導シタ……』
(だよな。試験前に王都で事件なんて……偶然じゃない)
そのとき、屋根の上に“黒ローブ”が姿を見せた。
(……昨日の黒ローブ)
深淵の匂いではない。でも“人”とも思えない気配。
ただ静かに市場の混乱を見つめていた。
(俺がどう動くか、見に来てる……)
その気配だけで悟った。
「ルイ、セリアは宿に戻りなさい!」
父の声が飛ぶ。
けれど黒ローブは微動だにしない。
まるで “テストの監督者” のように。
(……行くしかないな)
「ルイ、行かないで……!」
セリアが服を掴む。
「平気だよ。……すぐ戻る」
セリアの腕をそっと外し、路地裏へ身を滑らせた。
『……行クノカ?』
「行く。でも……理由は試されるとかじゃない」
『……“光ノ子”ノ為……ダロウ?』
「……否定はできないな」
守りたい。その気持ちが背中を押していた。
市場へ向かう路地を駆け抜けると、
濁った魔力の奔流が正面から襲いかかった。
石畳が砕け、屋台が吹き飛ぶ。
中心に立っていたのは、黒い鬣を逆立てた巨大な獣。
《狂走黒狼バーサーク・ウルフ》
(……王都に出ていい相手じゃないだろ)
兵士は吹き飛ばされ、それでも必死に剣を構えていた。
「駄目だ! 上位冒険者でも相手したがらない魔力濃度だぞ!」
「若い兵は下がれ!」
(間に合わなきゃ死人が出る)
視界の端で黒ローブが腕を組んだまま頷く。
(……完全に“観察”されてるな)
影の中へ身を沈めた瞬間、
魂核が状況を分析し、明確な“死角”を指し示す。
(行くぞ──)
「《影步シャドウステップ》」
影を滑るように前へ飛び出し、
ズバァン!!
黒狼の脚の腱を切り裂いた。
「――っ!? 何かが通った……?」
(見えてない。なら問題ない)
魔獣が悲鳴を上げ、暴れる方向が逸れる。
『……次ハ右……』
「分かってる」
黒は敵の弱点を示し、白は魔力の流れを正確に整える。
その瞬間だけ、ルイの身体は異様なほど研ぎ澄まされた。
影から抜け出し──
ドンッ!!
白の魔力を込めた拳を叩き込む。
巨体が横へ吹き飛び、石壁へ激突した。
「何だ今の……!?」
「見えなかった……!」
(……俺だって言うなよ)
黒ローブだけが小さく頷き、呟いた。
「……興味深い。影を渡る子ども……か」
(お前が一番怖い)
狂走黒狼が最後の力で飛びかかってくる。
(来る……!)
一瞬、セリアの泣きそうな顔がよぎった。
(守る。ここで終わらせる)
白核がふっと強く光り、黒核を包む。
「……寝てろ」
ドンッ!!
一撃。
魔獣は完全に沈黙した。
「倒れた……!」
「誰がやったんだ!? 魔術の痕跡が……ない!?」
(肉体技で倒したって言えないよな……)
混乱する王都を背に、ルイは路地裏へ戻り、宿へ引き返す。
「ルイ……!!」
セリアが飛びつくように抱き寄せた。
「ごめん。もう大丈夫。落ち着いたよ」
セリアの光核がぽうっと暖かく脈打つ。
『……光ノ子……優秀……』
(お前も黙ってろ)
その日の夜、王都には“影の救い手”の噂だけが静かに広がった。
王都の誰も知らない。
──たった六歳の子どもが、
上位危険種を影の中から斬り伏せたことを。
こうして“影の救い手”の噂だけが静かに広がり始めた。




