第11話:森に残された“痕跡”と疑う者
夜明け前。
昨夜の不気味な静けさは、まだ村全体に薄く貼りついたままだった。
村人たちはいつもより早く目を覚まし、森の方角をじっと見つめながら落ち着かない様子を隠せないでいる。空気が張り詰めていて、誰も深く息を吸おうとしない。
「結界の外にな、変な跡があったらしいぞ」
「魔獣のものにしては、足跡が大きすぎるって話だ」
朝の空気の中で、男たちのひそひそ声が妙に響いた。
(やっぱり……昨夜の“黒いやつ”、森に痕跡残してったんだな)
胸の奥では、魂核の黒がうっすらとうねっている。昨日ほど暴れはしないが、明らかに“何か”を警戒している揺れだ。
「ルイ、今日も一緒にいよ?」
いつも通りセリアが手を握ってくる。
(はいはい……お前がいないと俺すぐ不安定になるんだから)
軽く苦笑したい気分だった。
村の中央へ行くと、いつの間にか人だかりができていた。
その真ん中では、王都から来た結界師リオネルが、地面に刻まれた巨大な痕跡を覗き込んでいた。
「……これは魔獣の足跡ではありませんね」
「えっ、どういう意味ですか?」
村人たちがざわつく。
そこに残された跡は、明らかに普通の魔獣が残すものとは違った。形が歪で、何かが引きずりながら動いたようにも見える。
(これ……魔王軍の“端末”じゃん。弱いけど、深淵寄りの魔物のタイプだな。魂核が知ってる感じだし、間違いない)
リオネルはしゃがみこみ、足跡に手をかざした。
「魔力残留が……奇妙です。純粋な魔獣では絶対に出せない濃度ですね。まるで常に誰かから魔力供給を受け続けているような……」
(魔王軍製だもんね……そりゃそうなるよ)
リオネルは説明しながら顔を上げた。
その視線が、真っすぐ俺に向かう。
(やば……なんで俺!?)
胸が一瞬で跳ねる。魂核の黒がプルッと震えた。
「……ルイ君」
リオネルが近づき、俺の体にそっと手をかざした。
「昨日より……魔力が濃くなっている。これは……」
(終わった……?)
その瞬間。
「リオネルさんっ!!」
セリアが飛び込むようにして俺を抱き上げた。
「ルイに変なことしないで!!」
「へ、変なことでは……少し測定を……」
「だーめ!」
セリアがここまで怒る姿は初めて見た。リオネルは苦笑して背を離す。
「……わかったよ。安心しなさい。だが気になる点があってね」
(いや、絶対気づいてるだろ……)
リオネルの脳裏にはきっと、昨日触れた俺の“異質な魔力反応”が残っている。
昼過ぎ、村外れで大声が上がった。
「おい! これ見てみろよ!」
皆が駆けつけると、そこには黒い石の欠片が落ちていた。
勾玉のような形をした、小さな黒い破片。
「なんだこれ……? 魔獣が落とすような物じゃねぇぞ……」
リオネルが拾い上げると、黒い気配が薄く立ちのぼった。
「っ……これは……深淵系の魔力……?」
(それ多分、俺の“影の欠片”だ。昨日漏れたやつだ……いやマジで気まずい)
魂核が申し訳なさそうに揺れた。
「誰が……こんな危険な物を……?」
リオネルの声は震えている。
そのとき、俺の魂核から白い光がふっと滲んだ。
(あ……これ、白で押さえてみるチャンスじゃね?)
俺は呼吸を整え、魂核の光へ意識を沈める。
黒い霧を白い光で包むイメージを丁寧に描く。
ゆっくりと、白が広がっていった。
黒気配はそれに飲まれるようにスッと弱まる。
「……ん? 今、黒い気配が……薄くなった……?」
リオネルが周囲を見渡した。
(ふぅ……ギリごまかせた……)
だが次の瞬間、魂核の奥で何かがぞわりとうずいた。
『……それが……鍵……』
(おい、またお前かよ!!)
深淵は、白い光すら“鍵の力”の一部と理解しているようだった。
その夜、セリアはじっと俺を見つめて言った。
「ルイ……今日、なんか……無理してた感じした」
(ほんとお前……感受性バケモンだよ)
でも俺は笑っていた。
(大丈夫。黒も白もちゃんと扱えるようになる。お前を守りたいしな)
その想いを胸に、俺はもう一度魂核へ意識を沈めた。




