第10話:深まる異変と“夜の囁き”
その日の夕方、村の空気はやけに重かった。昼間の小魔獣騒ぎから、森の方角はずっと不気味に静まり返っている。静かすぎて、逆に何か潜んでいるような感じがした。
「今夜は子どもを外に出すな。何が起きてもおかしくないぞ」
村長の呼びかけが家々へ響き、戸口が次々閉ざされていく。
(……やっぱり、俺の影響が強まってる)
胸の奥の魂核。黒と白が昨日より荒くぶつかり合って、落ち着く気配がなかった。
「ルイ、今日はうちで寝よ?」
セリアが当然みたいに俺の手を握る。
(お前……本当に毎日一緒だな)
でもセリアが近くにいるだけで、暴れそうな黒い霧はピタリと止まる。本当に不思議なほど、俺は安定する。
「セリア、今日はやめときなさい」
セリア母が優しい声で呼び止める。
「夜は危ないわ。それに……」
「……それに?」
セリアが首をかしげる。
「あなた、最近“感じすぎ”よ。無意識に引き寄せてしまうかもしれない」
(……やっぱり、そういう血筋か)
セリアの家は光属性の魂核を代々持つ家系。巫女、聖女、神官。そういう才能が自然と生まれる。だからこそ、俺の黒を抑えることができているのだろう。
そう思った矢先。
(また来た……!)
深淵の囁きが、魂核に直接触れてくる。声ではない。意味でもない。“存在そのもの”が押し寄せる感覚。
(今日の黒、本当に濃い……やばい)
セリアが俺の頬を触り、不安げに眉を寄せた。
「ルイ……熱いよ?」
(黒が漏れかけてる……)
その瞬間、外で木がへし折れるような音が響いた。
「ひっ……!?」「な、何かいるぞ!!」
あちこちの家で悲鳴が上がる。
「セリア、家の中に入りなさい!」
母親が急いでセリアを抱き寄せる。
俺も腕に抱え上げられ、そのまま家へ引き戻された。
夜。村は完全に封鎖され、男たちが武器を持って見張りに立っていた。外には“何か”がいる。けれど結界のおかげで、中へ入り込めない。
(……外側で黒い気配が揺れてる。これ、俺の深淵とまったく同じ波長だ)
魂核が外の“何か”と共鳴していた。
(戻らん……来るな……!)
拒絶の意志をぶつけた瞬間、魂核の白い光がぐっと強く脈打った。
「ルイ……?」
隣で眠れずに起きていたセリアが、涙目で俺を見る。
「なんかね……胸が苦しいの。ルイが……呼ばれてるみたいで」
(どれだけリンクしてるんだよ、お前は……)
セリアはそっと俺の手を握る。
その瞬間、黒が嘘みたいに静まり返った。影のざわつきも、風の逆流も、外の黒気配も、全部、一息で静止する。
深淵の囁きが止み、外の“何か”の存在感もスッと消え失せる。
(……抑えた、のか……)
セリアはその安堵のまま、力が抜けたように眠り込んだ。まるで全力で何かを押し返したあとみたいに。
(……セリア……)
この子がいなければ、俺は今ごろ深淵に引かれていたかもしれない。
小さく手を握り返すと、セリアの寝息がゆっくり落ち着いていく。
(守らないと……本当に、この子は俺の“光”なんだ)
その誓いを胸に刻んだ、その時。森の奥で“巨大な何か”がゆっくり動く気配がした。
(……まだ終わってない)
この夜の違和感は、後に魔王軍・天使勢力・教会──世界を揺るがす大事件の最初の予兆となる。




