【別視点】白黒つける戦い【肆】
また別の戦場では建物を影のように駆け抜ける一人の男がいた。
「あのおっかない姉ちゃんと言い、このおっかない姉ちゃんと言い……どうして俺が関わる女性はこうも頭のネジが外れてるんだろうな」
彼のプレイヤーネームは―――――浪忍。
跳躍するたびに防護服との布擦れ音が鳴り、破壊と銃声の狭間を縫うように走り抜ける。
チラリと後ろを見やれば、浮遊し追跡する銃の群れ。
獲物を追い詰めるか如く狙い、無数の銃弾の雨が水平に飛来する。
「そろそろ大人しくして貰おうか〈タレット〉」
廊下を滑るように駆け抜けながら、浪忍はアイテム欄から小型の球体を次々と投げつけた。
それらは床に触れた途端、折り畳まれた金属翼を展開し、瞬時に小銃を備えたタレットへと変形する。
空気を切り裂く電子音、連続する銃撃。
浮遊する銃を逆に撃ち落としていけば――――――次の瞬間、視界の端に影が走った。
「ちっ……!」
瞬間、頬を掠める弾丸。
鈍い衝撃と共に血のようなポリゴンが散り、壁に赤い弧を描く。
狙撃――――――しかも、どこから撃たれたのかも分からない。
音もなく、まるで風に乗る殺意のように、銃弾は滑り込んできた。
「逃げ回るだけじゃ、いつまで経っても私を倒せないわよ」
女の声が響く。
艶やかで、冷たい金属のような響き。
その瞬間、浪忍は角を曲がった。
――――――そこに彼女は居た。
「撃て!」
その声を合図に、空気が光で満たされた。
火花が爆ぜ、壁が穿たれ、金属が悲鳴を上げる。
通路はたちまち、弾丸の嵐に飲み込まれた。
浪忍は即座に球状の防御装置を展開。
数十枚の金属パネルが空中で結合し、半球状の防壁を形成する。
炸裂音が響き、雨のような銃撃がその表面を叩き続けた。
弾丸が弾かれ、火花が四方に散る。
まるで機械仕掛けの雨音だ。
「ふざけた手数しやがって!」
浪忍はグレネードを投げつけた。
爆発が通路を揺らし、衝撃波が塵と煙を巻き上げる。
その隙を突いて、彼は再び駆け出した。
――だが、相手は追撃の手を緩めない。
煙の向こうから再び光弾が降り注ぎ、床が爆ぜ、壁が抉られていく。
その彼女こそ【猟友会】のギルドリーダー、トリガーHappyであり、最も警戒すべきプレイヤーとされている。
彼女の銃弾はマトモに当たれば致命傷では済まされず、掠るだけでも大ダメージを喰らう。
浪忍のHPバーは既に赤に近い。
だが、彼の口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
「〈インビジブル〉」
その言葉と共に、浪忍の姿が薄れていく。
光が屈折し、輪郭が溶けるように消える。
煙が晴れる頃には、既にそこには何も居なかった。
「どこに行ったの?」
トリガーHappyが小声で呟く。
センサーを走らせるが、何も反応がない。
空間そのものが沈黙したかのように、無音が広がった。
「〈クロークスタビング〉ッ!」
背後から閃光のような奇襲。
不可視の刃が走り、彼女の頬を掠める。
ポリゴンが飛び散り、床に赤い雫が落ちた。
「ちっ…………!」
反射的に振り向き、銃口を向けるが、すでに影は消えている。
〈インビジブル〉は通常のステルスとは違う。
これは、攻撃しても解除されない。
まさに完全隠匿スキル―――――――まるで“幽霊”のようだった。
通路を駆け回る気配。
無音の風が彼女の周囲を取り囲み、見えぬ斬撃が連続する。
その度に弾丸が弾かれ、壁が裂け、閃光が走る。
「鬱陶しい!」
トリガーHappyは叫び、全方位に向けて銃弾を放った。
弾幕が円を描く。
その中心にいる彼女自身を守るように、光の嵐が咲き乱れる。
浪忍はその嵐を搔い潜り、弾丸の隙間を縫う。
まるで風そのものが生きているかのような動き。
彼のナイフが光を裂き、銃撃の渦の中を駆け抜ける。
「これで―――終わりだ!」
刃が振り下ろされる、しかし――――――
「何っ?!」
その瞬間、目の前の弾丸が膨張した。
銃弾が巨塊と化し、彼の腹部を掠めた瞬間、空気が爆ぜた。
衝撃波が身体を吹き飛ばし、建物の壁を貫通する。
「〈ビッグ・ショット〉」
トリガーHappyの冷たい声。
そのスキルは、一定時間すべての銃弾を“巨大化”する。
威力、範囲、衝撃――――――全てが数倍に跳ね上がった。
建物の一階分が一瞬で崩壊し、炎が天井を舐めたのだ。
「私からは逃げられない…………誰一人ね」
彼女の銃口が再び光を灯す。
その背後では、弾丸が軌跡を描きながら螺旋を形成していた。
まるで戦場そのものが意思を持ち、彼女の命令に従っているかのようだった。
「……そりゃ、やりすぎだろ」
瓦礫の陰で、浪忍がかすかに笑った。
体力ゲージは限界――――――
だが彼の目には、まだ光があった。
「だがな、こっちもタダではくたばらねぇぞ」
そう言って、浪忍はアイテム欄からボタンを出現させ――――それを押す。
次の瞬間、建物全体が閃光に包まれた。
空気が震え、音が消える。
視界を覆う白の中、トリガーHappyの瞳がわずかに見開かれた。
――――――爆音。
街が震え、窓ガラスが一斉に砕け散る。
その爆心地で、すべてが光に呑み込まれた。
光が消えた後に残ったのは、沈黙。
砕けたコンクリートの隙間から、わずかに煙が立ち上る。
「自爆――――――まぁいいわ。今度会ったら懸賞金ごと刈り取ってあげる」
焦げた夜風の中、彼女の声だけが残響した。




