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【別視点】白黒つける戦い【弐】

 雷轟が戦場を駆け抜けた後、メディスンは、ただ一人、静まり返った通路に取り残されていた。

 遠くでは爆撃のような轟音が響き、壁を伝って振動が足元を揺らす。

 カインの加勢に向かうべきか――――――あるいは他ギルドの加勢を封じ妨害に回るべきか。

 その決断を迷う一瞬の沈黙が、やけに長く感じられた。


「ここは()()ギルド拠点。誰にも気づかれず、ここまで潜入したと言うの? 一人で?」


 口に出してみて、メディスンは自分で不自然さに気づく。

 もし単独での潜入なら、隠密のまま標的を仕留めるはず。

 堂々と戦闘を始めるなど、まずありえない。

 あの狂気じみた行動の裏には、必ず“他の何か”がある。


 つまり、一人での潜入ではない。

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、血気盛んな若者は儂好みじゃが、鉄砲玉過ぎて操作不能なのがたまに傷じゃのぉ」


 乾いた笑い声と共に、奥の暗闇から影が現れる。

 白い髭を豊かに蓄えた老人――――――【検証学会】のギルドリーダー、“老師”である。

 その歩みはゆるやかで、しかし確実に空気を圧し潰すほどの威圧感を纏っていた。


「よりにもよって貴方がやって来るとはね……!」


 メディスンの脳裏をよぎるのは数日前の記憶。

 たった一人でギルドメンバーを壊滅させ、嘲笑を残して姿を消した老人――――その張本人だった。

 今回は、彼の方からやって来たというのか。


「メディスンだったか。秘蔵のお菓子を持ってきたんじゃが一緒にお茶でもどうじゃ?」


「……それ毒でしょ」


 冷ややかに返すメディスン。

 彼女の〈解析眼〉が光り、瞬時にお菓子の成分を見抜く。

 “盲目”と“出血過多”――――――二重の猛毒だった。

 見ただけで判別可能なほどの致死的量。


「なる程、なる程、対象が無機物なら、構成情報を丸裸に出来るんじゃな。また一つ賢くなった」


「まさか、それを調べる為に?」


「知識は何よりの武器じゃよ」


 老師は事前に一度出くわしたメディスンのスキルの考察をしていた。

 薄笑いを浮かべる老師の瞳に一瞬だけ“計算された光”が宿った気がした。


 彼は既に、〈解析眼〉の制限を確信していた。

 ――――――解析対象は物質のみ。

 生体や魔力構造までは視えない。

 今、その弱点が完全に暴かれた。


「ならば、こういうのはどうじゃ?〈幻像再現〉」


 老師の杖先から、光の粒子が爆ぜた。

 それは霧のように舞い上がり、人の形を象り、やがて無数の“光の兵”を作り出していく。

 ――――実体を持つホログラム。虚構でありながら、現実を殴りつける存在。


「ゆけ」


 指先一つで、軍勢が動く。

 無音のまま、無数のホログラムが一斉に襲いかかる。


 だが――――――メディスンはニヤリと笑った。


「〈魔吸霧〉」


 瞬間、青白い靄が足元から溢れ出した。

 その霧は生き物のように渦を巻き、空気を満たした。

 侵入者を包み込んだ瞬間、体力もエナジーも霧に吸われ、彼女の糧となっていく。


 ホログラムたちが、一体、また一体と崩れ落ちる。

 光の欠片が散り、部屋は蒼い輝きで満たされた。


「これは厄介じゃのぉ……」


 苦い声を洩らし、老師は外へ飛び出した。

 その動きを、メディスンが逃さない。


「逃げられないわよ! 追え、〈魔吸霧〉!」


 青い霧は散布して終わりでは無く、漂う霧を自由自在に操作する事が可能なのだ。

 これで逃走を図られようと対象可能なのである。

 霧が意思を持ったように動き、廊下を這い、逃走する老師を追跡する。


「ほれ」

 

 だが、老人は外に出たかと思えば、ポーションを一つ地面に叩きつけた。

 爆風のような上昇気流が巻き起こり、青い霧を一気に吹き飛ばす。


「くっ……! 〈エンチャントポイズン〉」


 メディスンは銃を抜き、銃身に紫の光が走る。

 銃弾一つ一つに、神経を焼く猛毒が付与されていく。

 放たれた弾丸は閃光のように走るが、老師はその全てを悠然と避けた。


「もう終わりかの?」


 涼しい声で呟きながら、再びポーションを投げ、更にホログラムを増やしていく。


 だが次の瞬間――――銃声が響いた。


 眉間へと一発。

 正確無比な弾丸が老師を撃ち抜いた。


「えぇ、終わりよ。この弾丸には致死毒が塗られている。つまり、私に当てられた時点で終わりなの!」


 メディスンが勝ちを確信し、そう宣言するが、老師は依然立っており、興味深そうに髭を整え聞いていた。


「――――――なんで死んでないのよ?!」


「教えてくれて感謝するぞい。では、親切なお嬢さんには、礼をせねばのう」


 その言葉と共に、ホログラムたちが再び増殖を始めた。

 まるで繁殖するウイルスのように。


「儂のスキルには、“味方へダメージを移譲する”効果があるんじゃよ。つまり、儂が撃たれても、代わりにホログラムが身代わりになってくれる」


「なっ……!」


 メディスンの目に、戦慄が走る。

 無数の幻像が盾となり、無限に増殖を続ける。

 その増殖速度を上回る火力を叩き出さねば、本体には一切届かない。


 もし〈魔吸霧〉ならば、それが可能だっただろう。

 だが、既に青い霧は機能しない。


 だが――――――〈魔吸霧〉は、既に散った。

 老師の投げる上昇気流が、次々と霧を掻き消していく。


「その様子じゃと、長期戦に持ち込める程ステータスが高い訳でも無さそうじゃのぉ……終わりじゃ、詰みじゃよ」


「こんな――――こんなあっさり負けるのか?! 私が!」


 叫びは虚空に吸い込まれた。

 ホログラムの軍勢が、波のように押し寄せる。

 光の奔流が、彼女を呑み込む。


 最後に響いたのは、銃声か、それとも断末魔か。

 どちらにせよ、戦場は再び静寂に包まれたのだった。


「既に毒は散った。さて、後始末をするかのぉ」


 老師は周囲を見渡す。

 すると、そこには一面に広がるギルドメンバーの群れ。

 メディスンが殺られたのを見て仇討ちにでも来たのか、それとも更なる武勲を上げる為か、どちらにせよ、老師にとっては小遣い稼ぎ(賞金稼ぎ)のフィーバータイムでしかなかった。

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