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Re:ヴァニティシアター

 無数の銃声と破壊音が劇場を湧かす。

 まるで銃弾のオーケストラのように音を掻き鳴らし、目に映る物を全て破壊せんと弾幕を撃ち出していた。


 ――――――まさしく暴力と絶叫と破滅が織りなす交響曲。


 壁を穿ち、天井を砕き、きらびやかな照明を破片ごと舞い散らせながら、銃弾の雨は終わりなきリズムを刻む。

 観客席に座る獣人達は無抵抗に射殺され、その血飛沫でさえもオーケストラの一楽器でしかない。


「よし、この状況を切り抜けられる方法を思い付いた!」


 銃火の嵐の中、俺は銃弾の雨に晒されながら叫ぶ。

 今思い付く解決方法はこれしかない。


「何か策があるのか?」


 隣で無数の弾丸を正確に斬り伏せながら、オレンジが冷静に応じる。


「勿論、完璧な作戦だ!」


 俺は胸を張って答える。

 ――――――それは誰が聞いても唸るような、完璧で天才的で壮麗な名案に違いない!


「……だから、その完璧な作戦って?」


「手順は二つ。一つ、トリガーHappyをボコボコにする。二つ、トリガーHappyはデスポーンする」


 その発言を聞いたオレンジは、何故か呆れ果てたように溜め息を付いた。

 何やら不服そうじゃないか。


「確かに手っ取り早くて良いかもね。後でガチギレトリガーHappyとその仲間が襲ってくるという点を除けば」


「つまり――――――なんら問題無いって事だな!」


「問題大有りだよ! どこをどう切り取ったらそう思ったんだい?!」


 なんだ、そんなにあいつの事怖いのか?

 確かに言動は危なっかしいけど、そこまで執念深いのかあいつ。


 オレンジは一瞬で思考を切り替え、鋭く指を伸ばした。


「そんなリスクを負うくらいなら別の選択肢を取るさ。あの後ろに繋がれた黒の管を見てくれ」


 銃弾の火線を掻い潜り、視線を向ける。

 トリガーHappyの背からは、黒光りする管が何本も伸び、地の奥へと蠢いていた。

 耳を澄ませば、電子のノイズが耳の奥を掻き回す。

 ――――――まるで生き物の呻き声のように。


「僕はあれが黒いエナジーの補給ラインだって推測しているんだ。つまり――――――」


「あれを壊せば良いって訳だ」


 黒い管は、まさしく彼女をこの狂気に繋ぎ止める鎖。

 ならば、それを断つことが支配脱却への唯一の鍵なのだ。


 なるほど、確かに俺のトリガーHappyフルボッコ作戦より現実的で良い作戦だな……。


「オレンジ、お前よく天才って言われない?」


「君が短絡的過ぎるんだよ!」


「そうと決まれば――――――〈雷神再臨〉!」


 その宣言と共に、俺の身体を雷が走る。

 皮膚が光に裂かれ、筋肉の隙間を稲妻が駆け巡る。

 次の瞬間、俺は雷そのものとなってトリガーHappyの正面に躍り出た。


「〈雷霆〉〈雷霆〉〈雷霆〉〈雷霆〉――――――」


 轟音が劇場を震わせる。

 稲妻が連鎖し、閃光が弾幕の中を切り裂いた。

 まさしくオーケストラの中に紛れた不協和音の如く掻き鳴らし、雷光と銃弾が空中で衝突する。


「〈瞬煌ノ刃〉ッ!」


 その刹那、オレンジが閃いた。

 疾風が舞台を切り裂くように駆け抜け、残光が光の軌跡を描く。

 その刃が黒い管を正確に斬り裂いた瞬間――――――世界が一瞬、無音になる。


 遅れて、輝きの連撃が背後に爆ぜた。

 黒い管が弾け、闇が霧散する。

 トリガーHappyの目元を覆っていた黒いモヤが消え去り、彼女は力が抜け落ちたように崩れ倒れる。


 そして――――――銃弾のオーケストラは、幕を下ろした。


『▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇』


 ステージの上、司会者が静かに一礼する。

 その姿は優雅でありながら、どこか歪んでいた。

 すると、先程まで撃ち抜かれていたはずの獣人達が一斉に立ち上がる。

 血塗れの手で拍手を打ち鳴らし、異様な喝采が鳴り響く。


 ――――――演目の終わりを告げる“拍手”のように。


 司会者は最後に指を鳴らし、黒い幕の向こうへと消える。

 その直後、笑みは瞬く間に引き裂かれ、獣人達は呻き声を上げながらゾンビのようにこちらへ歩き出した。 


「僕は倒れてるトリガーHappyを運び出す。君は自力で脱出して欲しい」


「あのゾンビの群れの中を一人で突っ切る気か? 護衛は俺がするから無理すんじゃねぇぞ」


「――――ありがとう」


 俺だけ先に脱出しても良かったんだが、案外オレンジとは気が合いそうなんでな。


 ――――――いや、最早理由なんてどうでも良い。

 俺がやりたいと思ったからやるのが”俺流のスタイル”だ。

 俺は”三人で抜け出したい”とふと思ったから協力する。

 オレンジ、お前がそう思わせてくれたんだぜ。 


「〈雷霆〉〈雷霆〉〈雷霆〉ッ!」


 雷光が爆ぜ、ゾンビの群れが吹き飛ぶ。

 閃光が道を穿ち、多少の道が開けた。


「――――走れ!」


 オレンジはトリガーHappyを背負い、劇場を駆け抜ける。

 俺も雷鳴と共に並走し、背後から押し寄せる屍の波を焼き払った。


 奥の扉に辿り着いた瞬間、空間が歪む。

 暗黒の空洞が口を開き、現実の断片――――――ありふれた日常の景色が見え隠れしていた。


 瞬間、背後から衝撃音が伝わる。


「……今度は何だ?」


 チラリと後ろを見やると、そこにはゾンビの獣人が我先にと押し寄せていた。

 まさしく屍人の行軍であり、もし足を止めてしまえば、波に呑まれてしまうだろう。


「ゾンビとのチェイスか? 上等ッ!」


 俺達二人は暗闇の空間を駆け抜け、温かな穴に向かって一歩、また一歩と進む。

 その時、違和感に気が付く。


「出口が……!」


 そう、出口の穴が徐々に()()していた。

 それ即ち、穴が完全に閉じれば、あの空間に閉じ込められてしまう事を意味する。


「オレンジ、こんな時に足躓くヘマすんじゃねぇぞ」


「勿論、生きて帰ろう!」


 足音が轟き、影が迫る。

 背後から亡者達の咆哮が追いすがる。


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」


 そして、穴に触れた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


[特殊イベント︰支配からの脱却]

[スキル〈支配喰い〉を獲得しました]


「間に合ったか……」


 次に目を開けた時、あの黒の虚無は消えていた。

 街の路地裏、夜風が現実の匂いを運んでくる。

 まるで、最初から”そんな空間など存在しなかった”かのように。


「しかも”特殊イベント”か……納得だけどね」


 特殊イベント、このログは《セクター07》のボスを倒した時にも出ていた事を微かに覚えている。

 何を意味しているのか分からなかったから深くは考えなかったが……。


「なぁ特殊イベントって何だ?」


「僕も詳しくは知らないけど――――――【検証学会】のリーダー曰く、“世界線が変わる”らしい。本来なら出現しないはずのクエストやイベントが、連鎖的に起きるとか」


 あの時は『塔の崩壊』だった。

 そういえば、その後のボス戦はボスを攻撃したら自動的に塔が壊れてたが――――――それも特殊イベントのお陰だったって事なのだろうか。

 そして今回は『支配からの脱却』か……これが後々どういう影響を及ぼすのかは分からないな。


「あの……お二人さん大丈夫ですか?」


 振り向けば、餅博士が不安そうにこちらを覗いていた。

 そりゃ、路地裏に入ってったかと思えば息切れした俺達が居るんだ。

 傍から見たら意味が分からないだろう。


「あれ、そこに倒れてるのってあのトリガーHappyさんですか?! 何がどうなって……」


「詳しい説明は後でするよ。それより餅博士さん、トリガーHappyさんを【猟友会】のギルド拠点に運んでくれないかな? 座標は送るから」


「えっ? は、はいっ!」


 俺は小さく息を吐いた。

 ただの寄り道のつもりだったのに――――――

 とんでもない事に巻き込まれそうな気がする。

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