再演の影
「そういえば、君戦い方は?」
森を抜ける道中、オレンジが問いかける。
俺は少しだけ悩んだ末、少しだけ言う事にした。
何せ戦い方は至極単純で見れば一目瞭然だからな。
「超高速アタッカーだ。武器は槍――――まぁ盗まれたが」
言葉にした瞬間、掌がわずかに疼く。
かつてそこにあった重み、指に伝わる冷たい感触。
雷光のように疾く、流星のように鋭く、ただ一点を貫くための槍だった。
それを奪った男――――――カイン。
脳裏にその名が影のように浮かび、消えた。
せっかく手に馴染んでいたというのに、惜しい話だ。
「このSF世界に槍? 流石に原始的過ぎでしょ」
「それで十分だったからな」
弾丸なんて避ければいい。
超高速で動けて、速攻で相手の喉元を貫ければ倒せるんだ。
むしろ合理的だろ。
「オレンジと言ったか、もし良ければ腕利きの鍛冶師でも紹介してくれないか?」
「勿論、知り合いに最高の職人が居るんだ」
一応、スイレンという鍛冶師もいるが……
せっかく作ってもらったのに「無くしたからまた作ってくれ」とは言いづらい。
取り返すまでは、代用品で我慢するしかないだろう。
「――――そろそろかな」
視界が一気に開ける。
鬱蒼とした森の終わり、木々の向こうに広がるのは――――光と文明の街。
蒼穹の下、滑らかな金属の塔が林立し、空を切り裂くように光を放つ。
その足元では、古の石造りの家々が並び、伝統と未来がひとつの息吹として共鳴していた。
風に乗って届くのは、香ばしい獣肉の匂いと、金属を叩く鍛冶の音。
通りには様々な種族の獣人たちが行き交い、活気と喧騒が渦を巻いていた。
「じゃ私仲間と合流するから、案内は頼んだわよ」
「任せてくれ。また何かあれば連絡をくれると助かる」
トリガーHappyは街の喧騒へと溶け込むように去っていった。
去り際、振り返ったその瞳は氷のように鋭く、淡々と冷たい。
――――どうやら、馴れ合う気は無さそうだ。
「ここに来るのは始めてかい?」
「あぁ、この惑星自体、最近来たからな」
「ここは《羅煌都》と呼ばれる王都だ。見ての通り、この惑星の首都みたいなものだね」
《ステラアーク》よりも遥かに人の気配が濃い。
多種多様な種族が集い、文化が混ざり合う地。
古の意匠を残しながらも、最先端の技術が息づいている。
それらの両立を成している点は、素直に感服する。
「王都ねぇ……この惑星は王政が残ってるのか?」
「うん。そういう惑星は案外数少ないらしいけど、ここは”ビスタロト大王”と呼ばれる人物が治めているんだ」
いかにも強そうな名前だな。
もしかしたら、街に完全な鉄と機械に染まっておらず、多少の伝統的な要素が残っているのは、そのビスタロト大王の影響なのかもしれない。
王族ってのは、創作なんかで伝統を重視しがちだからな。
「そこのお二人さん、うちの名物”草餅”はいかがですか?」
不意に近くの店員さんに呼び止められる。
気になった俺はメニューを覗き込めば、様々なあんこ餅が売られているようだ。
その一番上のオススメ商品に”草餅”が記されている。
「なら、その草餅一つ」
「へい毎度!」
渡された草餅は、鮮やかな緑をしていた。
ひと口かじると、その柔らかな餅の中にあんこの甘みがとろけた。
懐かしさと安らぎの味は非常に俺好みとなっている。
「お前も何か買うか?」
「そうだね……黄菜粉餅を一つ」
黄菜粉餅――――――要するに、きなこ餅のゲーム風の造語だが、その餅に振りかけた粉は見る者を魅力する美味しさがあった。
「お前きなこ派かよ」
「好きじゃないのかい? きなこ」
「俺はあんこの方が好きだな」
個人的にきなこの味は好みではない。
だから、こういう餅系の食べ物を買う時は毎回あんこ味を買うんだよな。
「それにしても、【珍味組合】のメンバーがここに居るなんてね……」
「……よくよく見ればお前プレイヤーじゃねぇか」
その店員さんの上には”餅博士”のプレイヤーネームが浮かんでいた。
非常に中性的な見た目をしているが、その立ち振る舞いから男性プレイヤーだと分かる。
更に深く観察してみれば、その衣服にも餅の模様をした意匠が施されていた。
……餅が好きなのかな。
「えぇ、私は餅が大好物でして、このゲームなら餅の味にも拘る事が出来ると友人に誘われたんです」
「このゲームの楽しさは戦闘だけじゃない。こうして食べ物の味を試行錯誤するのも、一つの楽しみ方だね」
「自由度が高いVRMMOならではの遊び方だな」
そうして俺達は互いに笑い合いながら、その辺の椅子に腰を下ろす。
楽しい雑談も良いが、そろそろ本題に入るべきだ。
「……それで、俺を何処に連れていくんだ?」
「僕達のギルド拠点さ。本部は別にあるんだけど、最近ここで活動しているから、ビスタロト大王にお願いして建てて貰ったんだ」
「へぇ、相当そのビスタロト大王って奴と仲が良いんだな」
「まぁね」
他所から来た者に自分の土地を貸すなんざ、余程プレイヤーに寛容に思える。
その対応やこの街を見るに、欲望丸出しの独占野郎でも無いようで安心するよ。
(…………あん?)
その時――――――視界の端を、影が掠めた。
「もうすぐでギルド拠点に――――――どうしたの?」
「……あ〜オレンジ、寄り道して良いか?」
「寄り道?」
俺が指さした先、細い路地の奥に“何か”が蠢いていた。
獣人の影がふらふらと歩き、まるで糸で操られる人形のように、闇の中の“穴”へと吸い込まれていく。
その穴は――――――光すら呑み込む虚無。
まるで空間そのものが裂け、黒が世界を侵食しているようだった。
「俺の勘なんだがな。この、奥……面白そうな事が起きてそうじゃないか?」
俺はあの路地裏で影を見た。
――――――いや、現在進行系で見ている。
あれは獣人であったが、正気を失ったかのように穴に吸い込まれていた。
その穴の奥は真っ暗闇で、まるで光すら届かぬ虚空が現れたかのような異質さだ。
「――――――行く前に、君に情報共有したい。この街には”禁薬”と呼ばれる薬物が秘密裏に横行しているみたいなんだ」
「聞くからに危ない薬だな」
「あぁ。仙力と呼ばれるエナジーが増幅する代わりに、多幸感と依存力があるとされる薬だ。そして、その薬物を所持している疑いのある男が――――――今、あの穴に吸い込まれていった」
「なおさら調査しねぇとな。この面白――――危ない事は止めないと」
「表情が誤魔化せてないよ」
「おっと」
苦笑しつつも、胸の奥が高鳴っていた。
未知の闇――――――理性が止めろと叫ぶほど、好奇心が燃え上がる。
俺達は路地裏に足を踏み入れた。
獣人に紛れ、黒の穴の前に立つ。
近づくほどに周囲の音が遠のき、風も止んで鼓動だけが響いていた。
「うーむ、マジで奥何も見えねぇのな」
穴の奥から、微かに旋律が流れていた。
人の声でも、機械の音でもない。
悲哀と悦楽を混ぜた、不協和な調べ。
「――――――行くよ」
互いに頷き、穴へと手を伸ばす。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
世界が、裏返った。
暗闇の底。
そこに在るのは音と影だけ。
目を凝らせば、一人、また一人と、獣人達がよろめきながら扉へと歩いていく。
まるで魂を吸い込まれるように。
「真っ先に怪しいのが、あの扉だよなぁ」
オレンジの声を背に、俺は扉に近づく。
指先が触れた瞬間、世界が開いた。
――――眩い光。
――――音楽。
――――喝采。
いつの間にか、俺達は劇場の中にいた。
オーケストラが鳴り響き、観客席には目元を黒塗りとなった獣人達。
その舞台の上には、その身体をまるで墨を流し込まれたように黒く染め上げた”司会者”が立っていた。
輪郭は溶け、顔の形すら曖昧に崩れている。
「何だ……これ……!」
目を逸らす間もなく、司会者が一礼し、声を響かせる。
だが、その声にはノイズが混ざり、部分的に“黒塗り”のように掻き消されていた。
『▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇』
言葉と共に、天井が裂けるように赤いカーテンが開いた。
そしてそこに現れたのは――――――――
「――――――あれは!」
舞台の中央、そこには眠らされたトリガーHappyが鎖で縛られ立っていた。
『▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇』
司会者が腕を広げると、黒い液体がトリガーHappyの身体へと流れ込む。
その瞬間、世界が軋んだ。
彼女の目元が黒に塗り潰されるのと同時に、無数の銃が宙に浮かび上がる。
瞬間、照明が弾け音楽が狂う。
銃弾が雨のように降り注ぎ、観客席を吹き飛ばした。
「正気に戻れトリガーHappy!」
「支配の類か?」
劇場が戦場に変わる。
俺は槍を持たぬまま、かつての雷光を思い出していた。
――――――闇に挑む、雷の残響を。




