狂乱の宴
視界を覆うのは、圧倒的な生命の色彩。
空気は湿り気を帯び、どこまでも澄み切っている。
巨大な樹々が幾重にも絡み合い、枝葉の隙間から零れる陽光が、まるで翡翠の粒子のように地表へと降り注いでいた。
「さてと、標的はどこだ?」
俺は背に負った雷槍の重みを確かめながら、ホログラムに浮かぶ座標データを確認する。
目的地はこの鬱蒼たる森の奥――――――かつて人里離れた村があった場所だという。
だが今はPKギルド《エクリプス・レギオン》の襲撃により、占領地と化しているらしい。
「楽しみだな〜鏖殺」
俺はこれから起きる殺し合いに胸を躍らせながら、森の奥へと足を踏み入れる。
辺りを見渡してみれば、不気味なほどの静けさだった。
鳥の囀りも、虫の声もない。
まるで森そのものが、血の匂いを悟って息を潜めているかのようだ。
「……………」
ザザッ――――――
「〈雷殲槍〉ッ!」
雷光が奔る。
稲妻の軌跡を引きながら、槍先が閃光の線を描き、潜伏していた影を――――――
貫いた。
「奇襲すれば殺れると思ったか、間抜け!」
焦げた匂いを残して倒れるプレイヤーを見下ろしながら、俺は鼻で笑う。
雷帝槍の装備スキル〈雷閃伸撃〉の効果により、槍を長くする事でリーチを伸ばす事が可能なのだ。
それ即ち、先手を取れると信じた愚か者こそ、最も美味い獲物になるのだ。
「自身を狩人と勘違いした獲物共に告ぐ! 今よりかくれんぼを開始する。見つかった奴は、勿論殺す」
俺の声が森を震わせる。
雷鳴の余韻を帯びて、葉の間を振動が走る。
俺の挑発のつもりで投げかけた言葉に、茂みからちらほらと気配が立ち上がった。
獲物が動揺を隠せないのが見て取れる——――――――いいね、最高に楽しい。
「言わせておけば!」
咆哮と共に数名が飛び出した。
「――――――よぉ、もう全員あの世行きだぜ?」
「………あ?」
そのうちの一人が周囲を見回す。
激情に煮えたぎったはずの目が、次の瞬間には狐につままれたように変わる。
仲間が立ち上がっているはずの場所には、既にデスポーンの痕跡だけが残る——――――塵となったポリゴンの断片が風に舞うばかりだった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「〈雷霆〉」
雷鳴が落ちる。
閃光が一人を焼き尽くし、視界の中で人影が一瞬にして崩れ落ちた。
残響として耳に残るのは、短い悲鳴と、焼け焦げた空気の匂いだけ。
「ま、雑兵じゃこんなもんだな。殺し甲斐がある奴探しに行こっと」
俺は鼻歌を唄いながら森を駆け抜けてくとやがて木々の隙間から、人工物の影――崩れかけた建造物群が見えてきた。
あれが情報にあった占領された村だろう。
身を潜め、様子を窺えば、中央広場では異様な光景が広がっていた。
木製の杭に獣人のNPCが張り付けにされ、その周囲を大勢のギルドメンバー達が取り囲んでいる。
嘲笑と歓声、野次と拍手。
まるで血を娯楽に変える見世物だった。
「もう一度聞くね。うちの仲間に何をするって?」
前に出たのは、一人の女性プレイヤー。
口元には微笑、手には何かのスイッチ装置。
瞳は軽やかな愉悦で輝き、その狂気が彼女の唇から零れ落ちていた。
「我らがビスタロト大王は、貴様ら【エクリプスレギオン】を――――――」
張り付け台が、爆ぜた。
閃光と爆風が空間を飲み込み、吹き飛ぶ獣人、焼け焦げた断片。
「ごっめ〜ん♡ 手、滑っちゃった☆」
女の笑い声に、周囲がどっと沸いた。
血と煙、狂気と快楽が渦巻くその空間。
まさしく、PKギルドの名にふさわしい狂宴だった。
――――――――そして、その狂宴を断ち切る一筋の閃光が、天より落ちた。
「〈雷霆〉」
突如出現した稲妻に、場は騒然となる。余裕をかまして嘲笑っていた連中の顔が、色を失う。
まさか自分達の方が襲撃されるとは思いもよらなかったのだ。
「おいおい、中々面白そうな事してるじゃねぇか。ちょっと俺も混ぜてくれよ」
「……君、【オーロラ団】の人じゃないね。何者?」
女が低く問いかける。
その瞳に宿るのは、怒りと警戒だった。
「さぁ、何者だろうなぁ。俺はただ殺戮しにきだけだ」
俺は肩を竦め、雷槍の穂先を軽く回した。
トロイの依頼で来ている以上、立場上は傭兵となる。
それはそれとして、PVPを楽しんでいるだけだ。
視界に浮かぶ彼女のプレイヤーネーム――――――“ジャクジャク”と書かれている。
「せっかく良い所で水を差して――――――これは、タダじゃ済まさないよ?」
やる気になった彼女を見た周りの観衆のギルドメンバーは「やってしまえ」と再度盛り上がっていた。
ジャクジャクはニヤリと笑みを浮かべた後、その片手にギザギザと棘のある剣―――――チェンソーを取り出した。
いや、チェンソーの剣だから”チェンソード”と形容した方が良いのかもしれない。
エンジンが唸り、刃が回転し、戦端が切って落とされた。
「〈グラインド・エッジ〉ッ!」
刃の回転と移動速度を瞬時に速め、チェンソードを大きく振りかざ――――――――
「〈雷殲槍〉」
「がはっ……え?」
チェンソードが振りかぶられた瞬間、既にその横腹を槍が抉っていた。
推し量るに、瞬時に距離を詰め圧倒的な攻撃力に物を言わせるタイプの高火力アタッカーって所だろうか。
幸運にも〈雷閃伸撃〉の初見殺しに嵌ってくれた——―――でなければ、俺が一発で屠られていたかもしれない。
「〈雷霆〉」
俺がとどめを刺そうとしたその瞬間、何者かの鉄の腕が彼女の腕を掴み、強引に引き出した。
「ガルバードさん!」
鉄の皮膚を纏うサイボーグがそこにいた。
プレイヤーネームはガルバード――――——腕は鉄のアームとなり、変形して砲身を展開した。
その砲身からはエネルギー弾が放たれ、観衆めがけて叩きつけられる。
群衆は瞬時に狼狽し、秩序は崩れ始めていた。
「おい、お前ら何を立ち尽くしているんだ。今すぐこの侵入者を殺せ!」
ガルバードの号令に、周囲のギルドメンバーは顔色を変え忙しなく前に出る。
だが足取りがバラけたままで、まさか自分達まで戦うハメになるとは思いもよらなかったのだろう。
焦りを隠せないその表情を見て、俺は軽く笑った。
「どうせなら全員でかかってこいよ。そっちの方が時短になるんでな」
「いや、むしろ……じっくりと、丁寧に、念入りに、ゆっくりと、徐々に殺してやる。楽にデスポーン出来るとは思わない事だ」
その「嬲り殺す」と言わんばかりの言葉が放たれ、広場は再び血と殺気で満ちる。
だが今は既に違う——――――森と空、雷と鉄と火花が混ざり合う舞台で、誰が主役を奪うのかはまだ決まっていない。
俺はただ、戦いの核心へと足を踏み出すだけだった。
「構えろ」
ガルバードがそう言えば、ギルドメンバーは冷や汗をかきつつも俺に銃口を向ける。
まずは一斉射撃で俺の動きを制限する気だな、面白い。
「撃て!」
ガルバードがそう言った瞬間、無数の銃口が火を噴き、弾丸の嵐が世界を掻き消す。
銃声と衝撃が砂煙を立ち込め、本来ならばオーバーキルも良い過剰な猛攻であるが――――――――既に俺は居ない。
「〈雷霆〉ッ!」
雷鳴が背後から奔る。
雷撃が弾け、敵の背を貫いた。
電流と光が爆ぜ、塵となるポリゴンの残骸が舞う。
「あの突然の移動……素早いだけでは説明が付かない!」
「ならば瞬間移動が使えると見て良さそうだ」
早速俺の手品がバレかけているな。
先程の動きは〈飛雷神〉を使って、事前に「雷印」を仕掛けた場所に瞬間移動し、後ろから奇襲したものだ。
その「雷印」が見られていないから、どういう仕様かまでは気づかれていなさそうだが……時間の問題か?
「まずは小手調べだな」
雑兵が少なくなってきた頃、やっとガルバードが攻撃を仕掛けて来るようだ。
俺は彼の動きを警戒する。
ガルバードは右腕を変形させ、その砲口から赤色の照準光が漏れ出している。
「〈ノヴァ砲〉」
その灼熱のエネルギー弾は撃ち出した直後、徐々に巨大化していき、次第には地面まで抉り建物や木々、仲間すらも破壊しながら撃ち出していた。
灼熱の奔流が地面を抉り、焼け焦げた熱が空間を満たす。
「熱ダメージで嬲り殺す気か?」
「例え素早くとも、熱で足場を制限出来れば、素早さを半減には出来るだろ?」
足場を制限して戦い辛くしてやろって魂胆だろうが……その戦法は相手を選んだ方が良いぜ。
「その台詞、もっと足場のスペースを狭くしてから言ってくくれよ。この程度じゃ軽減にもなってねぇ」
「ぬかせ! 〈ノヴァ砲〉」
「遅い! 〈雷霆〉ッ!」
軽々と灼熱の弾丸を避け、雷光を投擲する。
稲妻が炸裂し、鋼鉄の巨体が火花を散らして揺らめく。
蒼白の雷光が彼の装甲を裂き、爆風が森を吹き抜ける。
「終わりだ」
ガルバードは苦し気な表情で睨みつけるが、その直後ニヤリと笑みに変わった。
「……だが、時間稼ぎにはなった」
「何?」
背後に、圧倒的な威圧感がした。
後ろを振り返れば、その者は黒い外套を羽織っており、顔にはバイザー状の装置を付けていて顔は見えない。
静かに歩み出たその男を見て、誰もが息を呑んだ。
「ボス!」
「遅いぞ、カイン」
その名を聞いた瞬間、空気が変わる。
全身を覆う重圧。
存在そのものが嵐の中心のようだった。
――――【エクリプスレギオン】ギルドリーダー。
その男、カインの登場と共に、戦場は真の修羅へと変わる。




