足掻け
その者の身体は、まるで墨を流し込まれたように黒く染まっていた。
輪郭は溶け、顔の形すら曖昧に崩れている。
右手に握られた剣もまた、光を呑み込むほどの漆黒。
それは希望をねじ伏せ、見る者の心を絶望へと引きずり込む――――――異様の象徴だった。
『▇▇▇▇▇』
その言葉でさえも正確には聞き取れない。
聴覚にノイズが走り、意味を結ばぬ言葉が世界を蝕む。
この世の“言語体系”そのものを拒絶する存在の声のようだった。
「何言ってるか一ミリも分からねぇ」
視線を落とすと、そこには動かぬケロスの姿。
もう二度と、動かない。
NPCにここまで情を持ったのは、いつ以来だったか。
――――――それを、こうも安々と壊してくれるとは。
「…………もういい、殺す。許さんぞ黒タイツ野郎」
俺は槍を構える。
怒りが脈動し、電流が肌を焼く。
冗談交じりの言葉さえ、もはや怒りを押し殺すための呼吸に過ぎなかった。
『▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇』
黒の男もまた、静かに剣を構える。
次の瞬間――――――世界が、染まった。
蒼白に輝いていた空間が、音を失って黒へと溶け落ちる。
色彩も、光も、意味さえも呑み込む“深淵”の領域だ。
「〈雷霊再臨〉」
閃光。
暗黒の海の底から、雷鳴が咆哮した。
稲妻が縦横に奔り、虚無を切り裂く。
「出し惜しみは無しだ」
雷を纏い、俺は駆け出した。
雷脚衝で加速、空気が焦げる。
己の肉体が雷そのものへと変じる。
「〈雷殲槍〉ッ!」
高圧電流を帯びた槍が闇を裂く。
触れたもの全てを焼き尽くす一撃。
『〈▇▇▇▇▇〉』
しかし黒の男は、まるで影のようにすり抜けた。
そして、漆黒の剣が振り下ろされる。
「ぐっ…………!」
衝撃が身体全身を伝う。
〈雷光結界〉のシールドが全壊し吹き飛ばされてしまう。
なんとか体勢を立て直せば、既に黒の男は攻撃準備を始めていた。
『〈▇▇▇▇〉』
漆黒の刃が地面に突き立ち、そこから影が芽吹く。
闇の触手のような分身たちが無数に伸び、こちらへ迫る。
「はっ! この程度で俺が殺られるかよ!」
俺は発破をかけつつ、俺は雷を掴み取る。
両手の中で雷鳴が脈動し、勢い良く投擲する。
「〈雷霆〉ッ! 〈雷霆〉ッ! 〈雷霆〉ッ!」
雷光が次々と放たれ、暗闇を白に染める。
影は焼かれ、崩れ、塵へと還っていった。
「出血大サービスだ。神狩りに使う予定のエナジー回復ポーション全てお前に叩き込む!」
理性よりも怒りが先に動く。
リソースも、制限も、今は要らない。
あるのはただ――――――この怒りを雷に変えること。
「言っただろ! 「出し惜しみは無しだ」ってな! その言葉の通りだ!」
雷鳴が、狂乱するように響き渡る。
放たれる雷霆の嵐が、黒の男とその影を貫く。
『▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇』
黒の男は再び漆黒の剣を構え、駆け出した。
俺も同じく稲妻の槍を構え、駆け出した。
『〈▇▇▇▇〉!』
「〈雷殲槍〉ッ!」
深淵と轟雷が交差し、空間が歪む。
〈雷霊再臨〉の強化中、貯めに貯めた「電荷」による強化分を全て、この一撃に乗せる。
「………ちっ!」
衝撃波が炸裂し、互いの身体が弾き飛ばされた。
「がはっ……!」
互いにダメージが入った――――――だが、ステータスの差で以前こちらが劣勢。
そして――――――
「ちっ……時間切れか」
〈雷霊再臨〉の強化時間が切れた。
クールタイムは6分、〈迅雷演算〉による短縮込みでも3分間は使えない。
黒の刃が、音もなく俺の目前に現れる。
……詰みか。
「……次会ったら、きっちり殺してやるよ」
刃が閃き、視界が暗転した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[報酬:記憶断片ログ:ZETA-01]
[呪い︰希望の異常が付与されました]
[スキルの一部が〈希望喰い〉に変質しました]
「………どこだ、ここ」
見上げた空は、星々の海だった。
惑星と恒星が軌道を描き、ゆっくりと巡る。
その光はどこまでも静謐で、美しく、そして―――――現実離れしていた。
俺は今何処に居る。
少なくとも、あの夢の中では無い。
「あれは……フェロスか」
隣に浮かんでいるのは惑星フェロス。
ここはフェロスの外側だ。
つまる所、一番可能性が高いのは――――――
「月か」
手を伸ばすと、青白い地面が脈動していた。
鼓動のように明滅するたび、光が増す。
足元は安定している。揺れも重力もある。
だが――――息ができる。
無酸素空間のはずなのに。
ツッコミ要素が数多くあるが、一番おかしな点と言えば――――――
〈線喰い〉のスキルが〈希望喰い〉へと変質していた。
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〈希望喰い〉
分類 基礎スキル
スタック 10
概要 あらゆる希望を削り取るスキル。防御・耐性・回復効果を“無効化”する攻撃を可能とし、攻撃が命中するたび、相手の体力上限の一部を削り(=回復不能ダメージ)、吸収回復する。
その代わり、自身の“体力の回復行為”が全て「吸収強化」の倍率に加算されてしまう。「吸収強化」が1つに付き与ダメージ+20%とする。(上限はスタック 10)
※希望の異常によって付け外す事が出来ません
希望の異常(呪い)
概要 異≠常ノ使卜▇▇▇▇▇▇▇が付与した呪い。スキルの一部が変質し付け外し不能になる。高位の解呪を受けるか、付与した存在の撃破によって解除される。
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「回復出来ない代わりに攻撃が強くなったって訳だ」
他のゲームなら、呪いの装備みたいなものだな。
強いがピーキーで中々外せない。
一つあいつを倒す理由が増えた。
ケロスを殺害し、俺に辛酸を舐めさせ、おまけに呪いまで置いてきやがったんだ――――――絶対にこの借りを返さなければ気が済まない。
「一応、《セクター01》は壊せたで良いんだよな」
正確には”壊してくれた”だが。
どちらにせよ、神は弱体化した。
まずは目下の神殺しを遂行するべきだろう。
「えっ、いつの間に月に?!」
「合流……で、良いのよね」
後ろを振り返れば、そこには美食家とトロイが現れた。
どうやら、二人も同じように月に転移されてきたようだ。
「あれ、ケロスさんは?」
「……聞くな。傷心中だ」
俺がそう言うと、二人はそれ以上言及しなかった。
仲間の死に、軽口は不要だという事を深く理解してくれているのだろう。
「……今度は何だ?」
地面が震え、青白い光が弾けた。
直後、月の地表に巨大な穴が開く。
その奥には、脈動する光の渦。
――――――完全に誘われてるな。
[クエストを受注しました]
それと同時にクエスト受注のログが出現する。
急いで確認すれば、それはかつて美食家が見せてくれたクエストの完全版だった。
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終末クエスト『旧人類の終焉、月機神の目覚め』
報酬:不明
タスク
1.月機神を倒す
概要
足掻け。
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「終末クエスト……!」
前までは『???』と伏せられていたが、今このタイミングで開示されるとはな。
そして概要――――――『足掻け』か。
「いいねぇ、クライマックス感出てきたよ!」
「リリースちょっとで神殺し? 思ってた百倍展開が早かったわね」
「だよな〜このタイミングで上位存在に挑む奴なんて俺等くらいじゃねぇか?」
三人は互いに笑い、光の大穴へと歩を進める。
青い光が、まるで月の中へ誘うように瞬いていた。




