とりあえずの一休み
「あれってさ……神の卵とか蛹とか、そういう類のやつだよな」
《セクター06》から宇宙船に戻った俺たちは、あの光景の意味を巡って議論をしていた。
無重力下に浮かぶモニターの光が、冷たく頬を照らす。
「そうだね〜僕達は既に神が居て、そこに住んでいると思ってたけど――――――もしかして”まだ産まれてすら無い”可能性が出てきたね」
俺は黙ってその映像を見つめる。
確かにあの瞬間、”見られた”感覚があった。
あれは幻覚なんかじゃない――――あの月の殻に、細く走る裂け目。
その奥から、誰かが覗いていた。
……いや、“何か”が。
どちらにせよ、近々神の誕生を阻止――――もしくは、このまま弱体化を図って、生誕直後にリスキルするという方向になるだろう。
「私は誕生の阻止は反対ね。せっかくなら戦ってみたいもの」
「僕も同感。神と成るのを阻止して『神を倒しました』じゃあまりにもつまらないじゃないか」
二人ならそう言うだろうな。
ちなみに俺もそっち派だ。
まだ神を見たことが無い俺にとって、上のあれが初めて接触する神という事になる。
その機会を失うなんて、ゲーマーとしてあり得ない。
「決まりだな。一旦解散して、また明日で集まろう」
こうして《セクター06》を終え、俺たちはひとまず区切りをつけた。
連戦の疲労は精神的にも確実に溜まっている。
装備やスキルの再構築も必要だ。
「なぁ、トロイ。良さそうな鍛冶屋とか紹介してくれないか?」
「そうねぇ……《流星の戦乙女》なんてとうかしら? 座標を送ったから行ってみて」
「助かる。行ってみる」
通信を切ると、俺は宇宙船の舵を軽く叩いた。
新たな座標――――――《流星の戦乙女》。
少しばかりの休息を求めて、エンジンを噴かす。
「へぃトロイ! 話が違うんだが!」
目的地に着いた瞬間、俺は即通話を繋げた。
モニター越しに映るのは、深い緑に覆われた惑星。
俺はてっきり《ステラアーク》の工房だと思っていたが――――――これは全然違う。
『誰が《ステラアーク》の鍛冶屋なんて言ったかしら?惑星は《ビーステッド》だよ。獣人系の種族が暮らしてる星。そういうの、MMOでよく見るでしょ?』
確かに移動中、何度見もして『え、ここだよな』って思ってたけど、本当にここだとは……。
『あとね、見た目が人間と違うからって、いきなり斬りかからないでよ? やらかした他のプレイヤーが、街の店全部出禁になったって噂聞いたことあるから』
「うわ、それは気をつけねぇとな……」
通信を切ると、窓外の緑の惑星が視界を覆う。
息抜きのつもりが、妙な冒険に変わりそうな予感がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「マジで一面緑色だな……」
《ビーステッド》の地表に降り立った瞬間、空気が湿り、草の匂いが肺を満たす。
どこを見ても緑、緑、緑――――――
木々も、岩も、苔も、風に揺れる粒子すら緑がかっていた。
極めつけは――――――水だ。
川が翡翠のように輝き、透き通っているのにどこか濁って見える。
現実でこんな色の水を見たら、まず近づかない。
「おや、来訪者様ですかな?」
突然、岩の上から謎の老人が出現した。
白い髭を蓄え、眼光は穏やかだが底が知れない。
俺の想像した“獣人”像とはずいぶん違う。
「お前は……ここの人達か?」
「ふぉっふぉっふぉっ、えぇそうです。ここは《蛙ノ間》と呼ばれる神聖な場所です。申し訳無いが、後ろの物を別の場所に移しては移して頂けませんかな」
丁度降りちゃ駄目な場所に降下したらしく、俺はバツが悪そうにしてしまう。
「そうなのか、そいつは失礼した。どこなら良いとかあるか?」
「そうですな……向こうの開けた地にお願い致します」
「分かった。今すぐに移そう」
それを聞いた蛙の老人はほっと息をこ溢す。
確かに俺は楽しければ不躾な事も出来るが、これは流石に面白い展開じゃない。
変に反発して敵対するより、素直に従った方が良い場合だってあるんだ。
俺は宇宙船を動かし、指定された場所へと移動する。
そこには他の宇宙船が二台と――――――壊れた宇宙船が一つあった。
「…………なんで炭になってるんだ、これ」
「これは不躾にも《蛙ノ間》を荒らした者の残骸です」
「うぉっ?!」
いつの間にか、隣に先程の蛙の老人が立っていた。
近い距離とは言え、宇宙船の速度に着いていけるとは――――――
「そうか……それで、爺さんは何者だ? 俺の名はハクって言うんだ」
「これはご丁寧に、儂の名前は”川爺”と申します」
中華風の仙人のような衣装。
この見た目にして、この脚力。
只者じゃない。
「儂は《蛙ノ間》の長を務めております。何かあれば、この儂にお聞き下さると、大抵の事は分かると思います」
「じゃあ早速一つ良いか?」
「なんなりと」
「何処かに《流星の戦乙女》って鍛冶屋があると思うんだ。友達の紹介でそこに行けって言われてるんたが、場所を知らないか?」
俺がそう言うと、川爺は興味深そうに髭を弄る。
「ほう、”友達”の紹介ですな? えぇ勿論ご存知ですよ。その前に――――――その、友達というのはどういう名前か分かりますかな?」
「”トロイ”って名前だな」
川爺はそう言うと静かに頷いた。
一体何なのかと困惑していると、懐から通信用の端末を取り出した。
「それでは、こちらに。その鍛冶屋は《蛙ノ間》にあります」
何か含みがあり、隠し事でもあるのかと不思議に思う。
すると、川爺の口が開いた。
「なるほど、なるほど……お嬢の紹介ですか。でしたら事情をお話しせねばなりませんな」
「事情だと?」
「えぇ、お嬢には“野望”があるのですよ」
何か訳ありのようだな。
――――――野望ねぇ?
神殺しはあくまでも美食家の提案でしかない。
トロイの方は何を企んでるんだ?
「貴方もご存知の通り、お嬢は非常に負けず嫌いでしてな。あらゆる分野で頂点を目指す努力家。ですが、それは“戦闘”だけでは満足なさらぬ。“情報”の頂点――――それをも狙っておられるのです。」
「……“トロイ”って名前、まさか」
「そう、トロイの木馬。彼女曰く、機器に侵入し、内部から情報を抜き取る存在だと。つまるところ、彼女はその名を、“警戒すべき相手”に対して使っておられます」
ぞわり、と背筋に寒気が走る。
――――――つまり、あの女、最初は俺を“警戒対象”に入れていたのか。
そして何故彼女は”トロイ”と名乗ったか――――――もしかしたら、戦闘面だけでなく情報面も最強になろうとしている?
「ただし、少し前に警戒度を下げるよう連絡がありましてな。つまり、貴方を信用なさったのでしょう」
「……そいつは何よりだ」
「それでは、《流星の戦乙女》へ、ご案内致しましょう」
川爺の杖が地を叩いた瞬間、地面が震えて揺れ動き、緑の絨毯が裂けた。
そこから白い大理石の階段が、静かに姿を現す。
「見つからないと思ったら、地下にあるのか」
「えぇ、お嬢は『惑星の景観が崩れるのは耐えられない』と申しておりまして、この地下に、ひっそりと拠点を築いたのです。おまけに、こうして他の来訪者から見つからなない」
おまけというか、後者がメインじゃないのか……。
彼女らしいと言えばそうだが。
階段を下ると、そこは広大な地下都市だった。
天井の光苔が淡く輝き、工房の金属音が遠く響く。
中央の大穴は建設途中なのか、壁に足場が組まれている。
「あんたが、例の客人だね」
声の方を見ると、碧緑の髪をボブにした女性が、キセルを咥えながら歩いてきた。
探偵のようなコートを羽織り、ゆったりとした所作。
だが瞳だけは、鋭く人を測っている。
「あぁ、ハクだ。宜しく」
彼女の頭上に浮かぶネーム――――――“碧蛇”。
つまり、プレイヤーだ。
「本当に少年みたいだねぇ」
「年相応に見られた方が都合がいい時もある。……ただ、油断はするなよ」
「ふふ、警戒心は悪くないね。気を抜いたら噛まれそうだ」
軽口を交わす間にも、視線が交錯する。
……そんなに見られたら、緊張してしまうじゃないか。
「それで、《流星の戦乙女》はどこに?」
「あそこの鍛冶屋さ」
視線の先――――――簡素な木造の工房が見えた。
無駄な装飾のない、実直な造り。
光沢より煤が似合う。
偏見だが、こういう店は腕がいいと相場が決まっている。
「あら、お客さん?」
中から現れたのは、柔らかい笑みを浮かべた女性だった。
薄桃色の髪、清潔なエプロン。
プレイヤーネームは”スイレン”と表示されている。
”戦乙女”と言うから、豪快な女性が出てくるものだと思っていたが……まぁちゃんと作ってくれるなら文句は無い。
「強化と生産をお願いしたい。素材は持ってきてる」
「まずは強化ね。武器と防具、それから素材を見せてもらえる?」
俺は持っているボルトランスとテンペスト・ヴェイル、そしてサンダルを出した。
次に素材を――――――と思ったが、スイレンが心なしか困惑している様子だった。
「えっと……脚は初期装備で……頭防具は?」
「それが生産の方だな。素材はあるのに頭防具が良いのが無くてな……」
「いやいや、ちょっと待っておくれ」
後ろで見ていた碧蛇が声を上げた。
何をそんなに混乱しているんだ?
確かにあまり装備更新を行っていないが、今はリリースして二日目後半だろ?
俺のような奴も居るとは思ったんだが。
「情報じゃ、あんたあの計画関わってるって聞いてたけど……」
「勿論だ。つーかその場所が最初の惑星だったんたから、協力しない訳には行かないだろ?」
「ちょっ、ちょっと待っててくれ、確認を取るから」
碧蛇は慌てて離れて仲間と通信を取り始めた。
どうやら裏で確認を取ってるようだ。
面倒くさいな。
「私はてっきり凄い装備の強化をお願いされるのかと……」
「いやいや、このゲーム始まって全然経って無いじゃないか。そんなに驚かなくても」
あいつめ、仲間にどういう風に俺の事を伝えたんだ?
とんでもない化け物が来ると思ってたら小動物だったみたいな反応されてるが。
数分後、碧蛇が戻ってくる。
どこか呆れたような、納得したような顔で。
「――――――あぁ、確認が取れたよ。確かにあのメンツと肩を並べるはずだねぇ……」
碧蛇が疲れた様子で戻ってきた。
大丈夫か、あの怪しげな大人のお姉さんフェイスが崩れてるぞ?
「ともかく、見ての通り装備状況が貧弱だ。腕の良い鍛冶師である彼女に任せたい」
「え、えぇ、任せて欲しいわ!」
……なんかぎこちないなぁ。




