第九十九話:ウチの軌跡
Scene.375 糧となる力
全てが白い光に包まれた世界。
ウチの目の前で暴走していた『暴食』の権能は『時の真珠』によってその動きを完全に止めていた。
そしてウチの『贖罪』の光がその混沌の塊をゆっくりと浄化していく。
黒くドロドロとした飢餓の呪いが解けていき、その中心に残ったのは温かく優しい黄金色の光の塊。
八柱神の一柱…『糧』の本来の姿。
その黄金の光はウチの体へとすーっと吸い込まれていった。
【レベル:606 → 707】
またかよ。
ウチの脳内にステータスが表示される。
【神技スキル】:
・豊穣の食卓【新規】:あらゆる素材から最高の食事を作り出すことができる。その食事は食べた者の心と体を完全に癒し強力な祝福を与える。
(…もはや、いつもの段取りだね)
ウチはそのとんでもないパワーアップにももう驚かなかった。
ただその新しい力を感じながら思った。
(…『暴食』と『糧』。その違い…)
(…なるほどね。ただ自分の虚しさを埋めるために、無限に喰らい続けるのが『暴食』)
(仲間と分かち合い、生きる力と温もりを得るのが『糧』)
(喰って得るものがあるかないか。…ただそれだけの違いか)
Scene.376 ただの少年
白い光が晴れていく。
ウチらが立っていたのは静まり返った黒い孤島の上だった。
荒れ狂っていた残滓の海はもうどこにもない。ただ巨大な空っぽの大穴が広がっているだけ。
そしてウチの目の前には、気を失っていたはずの少年が目を覚まして座っていた。
もうヤツから七つの大罪のおぞましい気配は感じられない。
そこにいるのは何の力も持たない、ただの少年ベルゼだった。
「…キミ、誰?ここはどこ?」
彼は記憶が混乱しているようだった。
ウチはヤツのそばにしゃがみ込むと、その過去を聞いた。
彼は何千年も前、糧の神となる前は、現在はこの大穴に飲み込まれた古代の王国のただの少年だった。かつて、糧の神として世界を救おうとして敗れ、死の淵で飢えに苦しんでいる時に『暴食』の力に魂を喰われ器にされてしまったのだという。
その時だった。ゴゴゴゴゴ…!
ウチらの足元が激しく揺れ始めた。
「莉央様!この空間が崩壊を始めています!」
リラが叫ぶ。『暴食』の力が消え、この異次元の胃袋はその存在を維持できなくなったんだ。
「チッ!泣き言は後!行くよ!」
ウチは呆然とするベルゼの腕を掴むと、リラが作り出した『女王の閨房』の扉へと駆け込んだ。
ウチらが飛び込んだ直後、『世界のへそ』は完全に崩壊し、ただの巨大な海の渦へと戻っていった。
Scene.377 新しい人生
ウチらはベルゼを連れてかつてヤツと初めて出会った、あの豊穣の神殿へと転移した。
神殿は主を失い今はただの古代遺跡として静まり返っている。だが周りの森は生命力に満ち溢れていた。
「ここなら食いモンには困らないでしょ」
ウチはベルゼの目の高さまでしゃがみ込むと、その頭をポンと叩いた。
「後は大丈夫でしょ?」
「え…」
「グズグズ昔のこと引きずってんじゃないよ。普通のガキの人生やってきな!」
ウチはそう言い放つと背を向けた。
ベルゼは何かを言おうとしていたが、結局何も言わなかった。
ただその目に涙を浮かべながら何度も何度も頭を下げていた。
ウチらは振り返らずにその場を後にした。
ウチにできるのはここまでだ。あとはアイツ自身が自分の人生を歩き出すしかないんだから。
Scene.378 過去への旅路
「ふーっ、さすがに疲れたね…」
『暴食』との戦いの後。
ウチらはリラの『女王の閨房』の中で久しぶりに本当の休息を取っていた。
あれから色々ありすぎた。魔王軍との戦い。七つの大罪との連戦。
目まぐるしい日々にウチの心も体も正直とっくにキャパオーバーだった。
「…そーいや」
ウチはふと思う。
ウチらが今いるこの辺りの土地。
そんなに昔でもないのに、なんだかちょー懐かしく感じる。
右も左も分からずにギルドの雑魚依頼を死ぬほどやったこと。
初めて仲間と呼べるヤツらができたこと。
いろんな記憶が蘇ってくる。
なんだかウチは、あっちこっちの街や国で最後には英雄扱いされて、そのむず痒い空気が恥ずしくていつも逃げるように去ってきた。でも。
「…残す大罪も遂にあと一匹だ」
最後の相手は『傲慢』。ゲブの爺さんの話じゃ最強の大罪。
その最終決戦でウチらが生き残れる保証なんてどこにもない。
だったら。
「…そーだな。久しぶりにいろんなヤツらに会いに行こっか」
ウチはベッドから起き上がるとエリナとリラに宣言した。
「ウチらが今まで何をしてきたか。その結果がどうなったか。この目で確かめに行きたい。…その後も気になるしね」
こうしてウチらの最後の寄り道。
転生してからのウチの軌跡を辿る旅が始まった。
Scene.379 ウチの軌跡
まず最初に訪れたのは、ウチがこの世界に来て初めて登録したあの冒険者ギルドがある始まりの街。
酒場は相変わらず荒くれ者で賑わっていた。
ウチらが顔を出すとギルドマスターがギョッとした顔で飛んできた。
「お、お前たちは『黒狐』と『白星』…!?なぜこんな辺境に!」
どうやらウチらの武勇伝は尾ひれがつきまくって、吟遊詩人に歌われるレベルのおとぎ話になっているらしい。
次に港町アクアリア。ウチとエリナがあのクソ豚商人バザロフに陵辱された因縁の街。
街は活気に満ち溢れていた。商人たちの自治によって自由な貿易港として生まれ変わっていた。
ウチは衛兵に牢屋の場所を聞いた。その一番汚い牢獄の中でバザロフは全てを失い廃人同様になって生きていた。ウチは何も言わずにただその姿を見下ろしてその場を後にした。
そして砂漠の国ソルダート、オアシスへ。
街はウチらが去った時よりもさらに活気に満ちていた。
ブランの爺さんが議長を務める評議会は見事に機能し、元スラム街だった場所には新しい住宅や学校が建てられていた。
ウチらは国の英雄としてザハラやカイトたち『デザート・ドーン』の仲間たちに迎えられ盛大な宴会が開かれた。
北の関所の街『霜の関』。『憤怒』の脅威が去った北の大地は穏やかさを取り戻し街は交易の拠点として発展を遂げていた。
快楽都市ヴァニタス。ウチがぶっ壊したあの街は今も混沌の中にあった。だがそれは再生のための混沌だ。人々は初めて自分の意志で悩み、喧嘩し、愛し合い、不格好だが必死に自分たちの街を作ろうとしていた。
ウチはその全ての光景をこの目に焼き付けた。
ウチの戦いは無駄じゃなかった。
ウチが歩んできた道は、確かにこの世界の何かを変えたんだ。
Scene.380 最後の作戦会議へ
長い長い寄り道は終わった。
ウチらの心は不思議なくらい穏やかだった。
そして覚悟は決まった。
「よし、行くか」
ウチは仲間たちを振り返った。
「最後の作戦会議だ」
「…エリナっち。聖樹様のある実家へ飛ぶよ」
ウチらの最後の戦いの舞台。
その情報を得るために。
ウチらは全ての始まりの場所、聖樹エリュシオンへと向かった。
いよいよ最終決戦!深まる絆に支えられて莉央たちの精神的な成長もクライマックスです。応援してあげてくださいね。
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