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第九十五話:地獄へのダイブ

Scene.355 潜水艦は豪邸


ウチらが乗る魔法の船は、大穴の縁で激しい下降気流に煽られて、今にも木の葉のように舞い落ちそうになっていた。


「…駄目です、莉央様!」


リラが必死に舵を取りながら叫んだ。


「このまま進めば船が持ちません!空間そのものが悲鳴を上げています…!」


「チッ…!」


ただ飛び込むだけじゃ、この星の胃袋に辿り着く前にバラバラにされちゃう。

どうする?

どうやってこの世界の喉を下っていく?

ウチはこの絶望的な光景と隣に立つチートな仲間たちを見比べた。

そしてニヤリと笑った。


「…なんだ、答えは最初からあんじゃん」


ウチは二人に命令した。


「リラっち!キミのあの豪邸を出して!アレを潜水艦代わりにする!」


「えっ!?」


「エリナっち!キミはナビゲーター!その聖なる力で、このクソみたいな濁流の中から安全なルートを探し出して!ソナーみたいにね!」


「は、はいっ!」


「そしてウチがエンジン!こいつを動かす心臓になってあげる!」


ウチの無茶苦茶な作戦に二人は一瞬呆気に取られたけど、すぐにその目に覚悟の光を宿した。

ウチらは今にも砕け散りそうな船を捨て、空中へと飛び降りた。

そしてリラが空中で、あのマホガニーの扉を召喚する。

ウチらはその中へと飛び込んだ。



Scene.356 地獄へのダイブ


そこはいつもの静かで豪華な寝室だった。

だけどリラが壁の一枚を魔法で透明な窓へと変えると、その外に広がる終末的な光景が見えた。

ウチらは今、世界の終わりへと続く巨大な滝のど真ん中に浮かんでいる。


「エリナっち!」


「はいっ!」


エリナが窓に手を触れ集中する。

すると彼女の体から放たれた金色の光が、窓の向こうの混沌とした闇の中に、一本の安全な光の道を描き出した。


「道筋は確保しました!でも流れが速すぎて…!」


「任せな!」


ウチは部屋の“前”にあたる壁に両手を当てた。

そしてレベル606の神格化された力を全力で解放する。


「うおおおおおおおおっ!」


ウチの力が推進力となり『女王の閨房』全体が、一つの弾丸のように加速していく。

ウチらが乗るこの世界で一番イカれた潜水艦(豪邸)は、エリナが示した光の道を頼りに、大穴の暗闇の中へと突っ込んでいった!



Scene.357 腹の中の大冒険


「うおっ!?」


進んだ先で目の前に巨大な岩塊が迫る。

いや違う。あれは古代の都市の残骸だ。


「どきなよ、ゴミが!」


ウチが壁越しに力の衝撃波を放つと都市の残骸は粉々に砕け散った。

窓の外を巨大な怪物の骨が通り過ぎていく。

時折闇の中から魔物が襲いかかってくるけど、ウチらのこの最強の潜水艦に傷一つ付けることはできない。


「す、すごいです、お姉ちゃん…!」


「莉央様、このまま一気に最深部へと向かいます!」


ウチらは叫び、笑い、そしてただひたすらに世界の中心へと堕ちていった。

こんなクソ最高な冒険、ウチは一生やめられそうにない。



Scene.358 新たなる力と諦め


ウチらの潜水豪邸プライベートジェットは世界の中心へとひたすら堕ちていく。

窓の外を流れていく古代の遺跡や巨大な化石を眺めながら、ウチはふと自分のステータスを確認していた。


(…ん?)


ウチは自分の目を疑った。


(505じゃなかったっけ、ウチのレベル。…いつの間にか606になってる)


ウチはすぐにその原因を理解した。


(…ああそっか。怠惰ベルのヤツを『安息』に戻したあの時か。アイツの2000年分の膨大な神の力が丸ごとウチに流れ込んできちゃったんだ。…なるほどね)


だけどウチの心はもう驚きもしなかった。


(さすがにもう驚かないわ。ウチが人間じゃないことなんてとっくに知ってるし)


そのありえない数字をただ他人事のように眺めている自分がいた。


「莉央様!」


リラの緊張した声が響く。


「最深部に到達します!」


ウチはステータスウィンドウを閉じると窓の外を睨みつけた。



Scene.359 世界の胃袋


「…ここが…」


窓の外に広がる光景にウチらは言葉を失った。

そこは底じゃなかった。一つの巨大な異次元空間だった。

地平線の見えない広大な空間。

下にはどこまでも続く海が広がっている。

だけどその海は水じゃない。

様々な色が混じり合った光り輝く粘液質の液体。

その液体の中には時折苦悶の表情を浮かべた魂の顔や崩壊した建物の幻影が浮かび上がっては消えていく。


(…残滓の海か)


この大穴が今まで喰らってきた全てのモノの成れの果て。

魂も魔力も記憶も時間も全てがドロドロに溶かされて混じり合った混沌のスープ。

そのスープの海にはいくつもの島が浮かんでいた。

巨大な竜の頭蓋骨の島。天まで届く魔法使いの塔が根元から折れて突き刺さった島。クリスタルでできた森がそのままの形で浮かんでいる島。

全てがこの大穴に飲み込まれた世界の残骸だ。

空はない。遥か頭上、点のように小さく光って見えるのがウチらが入ってきた大穴の入り口。


ここは世界の墓場。そして巨大な生物の胃袋の中。



Scene.360 最後の晩餐


「…莉央様!あそこを!」


リラが指差す方向。

その混沌の海の中心に一つだけ穏やかな場所があった。

波一つない鏡のような水面。

そこにぽつんと浮かぶ小さな黒い岩の島。

島には枯れ果てた一本の大木が生えているだけ。

そしてその枯れ木の根元にちょこんと座る小さな人影。

あの子供の化け物。『暴食』のベルゼ。

ヤツはただ静かに目の前の残滓の海を見つめていた。

その横顔はどこか悲しそうに見えた。


(…いたね、ガキんちょ)


ウチはリラに指示を出す。


「あの島に降ろして!」


「はい!」


ウチらの潜水豪邸がゆっくりとその最後の食卓へと降下していく。


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