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第九十四話:次の獲物

Scene.351 次の目的地


ウチらは『怠惰』の呪いから解放された島々の、一番外れの港にいた。

リラがいつものように空間に手をかざし『女王の閨房』の扉を出そうとする。

だけどウチはその手を制した。


「…ねぇ、リラっち。待って」


「莉央様…?」


「豪邸ワープも楽でいいけど…。やっぱこういう旅はボートとかの方が雰囲気あるっしょ」


ウチの言葉にリラは一瞬きょとんとした後、すぐに微笑んだ。


「…承知いたしました。では船旅と参りましょう」


彼女が軽く呪文を唱えると、目の前の海に一隻の白く流麗な帆船が姿を現した。風がなくても魔力で進む魔法の船だ。

ウチらはその船に乗り込んだ。

広大な海原へと滑り出していく。


「それで莉央様。目的地はどちらに?」


リラが舵を取りながら尋ねてきた。

ウチは船のへりに腰掛けて足をぶらぶらさせながら答えた。


「…残るは二匹。ゲブの爺さんの話じゃ『傲慢』が最強らしいね。…ならそいつは後回し。デザートは最後に取っとくタイプだからさ、ウチは」


「次の目的地は世界のへそ。…『暴食』のガキんちょだ」



Scene.352 救うという選択肢


「暴食…」


エリナが不安そうに呟いた。

あの豊穣の神殿での遭遇。全てを喰らうあの子供の化け物の圧倒的な力。

無理もない。


「うん。でもさ」


ウチは海を見つめながら言った。


「前にも思ったけどアイツが直接人を喰ったなんて話は聞かない。ただ腹を空かせてるだけのガキじゃん。…ワンチャン怠惰のベルと一緒で話せば分かる…『救う』ことができるかもしれない」


ウチの言葉にエリナの表情がパッと明るくなる。


「本当ですかお姉ちゃん!」


「…分かんないよ。でも試す価値はあるっしょ」


ウチはそっぽを向いて付け加えた。


「…まぁこのウチが誰かを『救う』とか考えただけで寒気するけどね」


ウチのらしくないセリフにリラがくすくすと笑う。

そうだ。

ウチは英雄でも聖女でもない。ただのイカれたギャルだ。

だけどそのギャルが世界の運命を左右するとんでもない力を持っちゃった。

だったらその力の使い方くらいウチ自身が決めさせてもらう。


「よし、進路そのまま!」


ウチは船長みたいに叫んだ。


「目指すは世界の中心!…ガキんちょの胃袋の中か、あるいはその心の中か。…どっちにしろめんどくさいダイブになりそうじゃん!」


ウチらの魔法の船は次の戦場へと真っ直ぐに進んでいった。



Scene.353 世界のへそ


ウチらの魔法の船は南の海をひたすら進んだ。

怠惰の楽園だった島々もやがて水平線の彼方へと消えていく。

そして旅を続けること数週間。

ウチらはこの世界の異常さに気づき始めた。


まず海流。

全ての潮の流れが一つの方向へと向かっている。

まるで世界の全ての水が巨大な排水溝へと吸い込まれていくかのように。

そして音。

最初は遠雷のようだった音が日に日に大きくなっていき、今では絶え間ない轟音となって空気を震わせていた。

そしてついにウチらはその光景を目の当たりにした。


「…マジかよ」


ウチは船のへりに立ち言葉を失った。

目の前に海はなかった。

世界が終わっていた。

地平線の端から端まで続く巨大な円形の裂け目。

この星の全ての海がその巨大な穴に向かって滝のように流れ落ちている。

その轟音は何千何万という雷が同時に落ち続けているかのようだった。

流れ落ちる海水が巻き上げる膨大な水しぶきが空に巨大な雲を作り、そこには決して消えることのない七色の虹がかかっていた。

あまりにも美しくそしてあまりにも終末的な光景。


これが『世界のへそ』。

『巨大な大穴ザ・グレートホール』。



Scene.354 世界を喰らう者


ウチらはリラの魔法で船を空中に固定させ、その大穴を覗き込んだ。

底は見えない。ただどこまでも続く深い深い闇が口を開けているだけ。

だがその穴の巨大な壁面を見てウチは再び息を飲んだ。

そこはまるでこの星の歴史の断面図だった。

何キロにも及ぶ分厚い地層。その地層のあちこちに信じられないものが埋まっていた。

化石化した巨大な森。古代文明の都市の遺跡。天を突くような塔や巨大な神殿がまるでおもちゃのように地層に突き刺さっている。

そして恐竜の何倍もあろうかという未知の超巨大生物の骨。

この大穴はこの星の全てを飲み込みながらその歴史を無残に晒していた。


「お姉ちゃん…」


エリナが震える声で言った。


「…これはただの穴ではありません…。この穴そのものが生きています…!」


「いえ、もっと…。これは巨大な…」


「…『口』です…!」


エリナの言葉にウチは全てを理解した。

ゲブの爺さんは言っていた。『暴食は大穴に落ちてくる全てのものを喰らっている』と。

違う。そうじゃない。

この大穴そのものが『暴食』の口であり胃袋なんだ。


(…なるほどね。世界のへそねぇ。…へそつーかケツの穴みたいだけど)


ウチはあまりのスケールのデカさに逆に笑いが込み上げてきた。


(あのガキんちょ、この世界ごと喰うつもり?…とんでもない食欲じゃん)


リラがウチに向き直る。


「莉央様どうしますか?この大穴に近づくのは危険すぎます。一度体勢を立て直し…」


「いや」


ウチはリラの言葉を遮った。

そして目の前の世界の終焉を見据えてニヤリと笑った。


「上等じゃん!」


「キミのそのクソデカい口ん中に、こっちから飛び込んであげるよ」


「そして腹ん中めちゃくちゃに荒らして、内側から食い破ってあげる!」


ウチらの次の戦場。

それは大地でも城でもない。

世界を喰らう巨大な化け物の腹の中だ。

最高にイカれた冒険の始まりだ。

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