第九十一話:遠足
Scene.335 追憶のオカリナ
ウチらは崩れ落ちた『眠りの番人』を乗り越え、石の祭壇へと辿り着いた。
祭壇の上には古びた二つのアイテムが安置されていた。
一つは白く輝く水晶の杖。
もう一つは黒い木でできた小さな箱。
「…なにこれ?」
ウチはまずその木箱を指差した。
エリナがおそるおそるその箱を手に取り蓋を開ける。
中には古びた石のように硬化した、木製のオカリナが一つ入っていた。
「…古代の聖なる樹木を削り出して作られたオカリナですわ」
リラがそのオカリナを見て息を飲んだ。
「…信じられないほどの長い年月が、この小さな笛に込められています。そして微かに…とても悲しくて温かい愛情の魔力が残っている…」
これが『縁』となる触媒か。
エリナがそのオカリナにそっと触れた瞬間。
ウチらの頭の中に直接一つのメロディが流れ込んできた。
切なくて優しくて胸が締め付けられるような美しい音色。
ベルがかつて誰か大切な相手のために奏でていた記憶の残滓だろう。
Scene.336 次なる宝の在り処
やがてメロディが静かに消えていく。
するとエリナが手に持っていたオカリナが、淡い光を放ち始めた。
そしてその光は祭壇の上空に一つの映像を映し出した。
それは雲を突き抜けるほど高く鋭くそびえ立つ、山の頂。
空には、この世界の三つの月が宝石のように輝いている。
そして、その山頂で月光を浴びて、キラリと光る何かの姿。
「…!」
リラがその映像を見て声を上げた。
「あれはこの群島で最も高い山…『月見の頂き(つきみのいただき)』です!かつて星の民の祖先が、星を読むための儀式を行ったと伝えられる聖なる山…!」
「二つ目の宝…『道標』はあそこか。」
Scene.337 登山も冒険のうち
ウチは祭壇に残された水晶の杖に目をやった。
(こいつが道標なんだろうけど、今はまだ取れない感じかな)
杖はまだ半透明の幻のままだった。
多分、山頂の宝を手に入れなきゃ実体化しないんだろう。
「いきましょう、お姉ちゃん!」
「次は山登りの時間ですね!」
「えっ!?」
「…マジか。今度は登山かよ。ウチの南国バカンスは一体どこに行ったわけ…」
ウチは頭をガシガシと掻きながら悪態をついた。
だけどその口元は笑っていた。
ジャングル探検に次は登山。
めんどいけど最高に冒険してるって感じじゃない?
ウチらは眠れる神殿を後にして、遥か遠くにそびえ立つ群島最高峰の山を目指して、再び歩き始めた。
宝探しはまだ終わらない。
Scene.338 遠足の思い出
ウチらは月見の頂きの険しい山道を登っていた。
昼間の暑さが嘘のように、山頂に近づくにつれて、空気は澄み切りひんやりとしてくる。
時折足を滑らせそうになるエリナの手をウチが引っ張り、険しい岩場はリラが魔法で作った足場で乗り越える。
「お姉ちゃん見てください!綺麗なお花!」
「莉央様、そこのキノコは毒ですわよ!」
「うるさいなー!分かってるっての!」
くだらない話をしながら三人で笑い合う。
その瞬間、ウチの胸に今まで感じたことのない不思議な感情が込み上げてきた。
(…なんか変な感じ)
こんなふてぶてしいウチだけど、子供の頃は病弱でよく学校を休んでた。
体が弱かったせいで友達の輪にもなんとなく入れなくて、いい思い出もそんなにない。
特に運動会とか遠足とかそーいう行事は大嫌いだった。
(…遠足ってもし友達と普通に楽しめてたら、こんな感じだったのかな…)
ウチは前を歩くエリナとリラの楽しそうな後ろ姿を見ながら、らしくもなくそんなことを考えていた。
Scene.339 星の祭壇
やがてウチらは山の頂上に辿り着いた。
そこはまるで世界のてっぺんだった。
広大な円形の広場。地面は星屑を敷き詰めたようにキラキラと輝く水晶でできている。
空には三つの巨大な月が手を伸ばせば届きそうなほど近くに浮かんでいた。
そしてその広場の中心。
ウチらが探していた『月雫の結晶』が祭壇の上で淡い光を放っていた。
だがその祭壇は見えない壁…強力な聖なる結界で守られていた。
「これは…攻撃では破れません」
リラが悔しそうに言った。
「…星の民に縁のある者でなければ通れない聖なる結界ですわ」
「…つまり」
ウチらの視線がエリナに集まる。
彼女はこくりと頷いた。
「…私がやるべきことみたいです」
Scene.340 星詠みの舞
エリナは一人祭壇の前へと進み出た。
そして目を閉じ静かに息を吸い込む。
彼女が歌い始めたのはウチらが知らない古の言葉。星の民だけに伝わる祈りの歌。
その透き通るような歌声に呼応するように、空の三つの月が輝きを増し、地面の水晶の紋様が光を放ち始めた。
エリナは歌いながらゆっくりと舞い始める。
それは星々の運行を模したかのような優雅で神聖な奉納の舞だった。
天からの月光と大地からの水晶の光が、エリナの体に集まっていく。
彼女の体は光そのものになったかのように、白銀に輝いていた。
ウチはそのあまりにも幻想的な光景を、ただ息を飲んで見つめていた。
(…いま、この世界中で星の民はエリナ、ただ一人なんだよね)
たった一人で、滅びゆく種族の祈りを背負い、たった一人で、舞い続ける。
その姿はあまりにも儚くて孤独でそして…。
「…綺麗じゃん」
ウチの口から思わず言葉が漏れた。
エリナの舞が最高潮に達したその瞬間。
祭壇を覆っていた光の結界が、ガラスの鈴が鳴るような音を立てて消え去った。
道は開かれた。
ウチはまだ光の余韻の中で舞い続けるエリナの、その美しい姿から目を離すことができなかった。




