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第八十九話:怠け者の王様

Scene.326 怠惰降臨す


ウチらは群島の中でひときわ大きく、そして穏やかな気が満ちている中央の島へと上陸した。

ジャングルの奥。開けた場所にそいつはいた。

玉座にふんぞり返っているわけでもなく、ただ巨大なガジュマルの木の枝と枝の間に吊るされたハンモックの上で、気持ちよさそうに寝てやがった。


「…ねぇ」


ウチはハンモックを揺さぶった。


「キミが『怠惰』の魔人?起きて勝負しよーよ」


「んあー…?」


ハンモックから顔を出したのは、魔人というにはあまりにも似つかわしくない一人の青年だった。

日に焼けた肌。潮風で色が抜けた長い髪。

眠そうな目をこすりながらウチらを見ている。

ただのイケメン。それも究極に面倒くさがりそうな。


「…なぁに、騒がしいねぇ…。せっかくいいお昼寝してたのに…。…戦うの?めんどくさいさー」


「…は?」


「ボクはベル。見ての通り『怠惰』をやってる。君たちが噂の『黒狐』一行でしょ?…座りなよ。話でもしようさー。」


威厳ゼロ。殺気ゼロ。やる気マイナス100。

ウチは完全に毒気を抜かれてしまった。



Scene.327 怠け者との飲み会


結局ウチらは戦うどころか、その怠惰の魔人ベルと車座になって酒を飲むことになった。

ベルが指をパチンと鳴らすと、美味いトロピカルカクテルがどこからともなく現れる。

話してみるとこいつマジで悪いヤツじゃなかった。


「だってさー、世界って疲れるじゃん?毎日必死で働いて戦って悩んで。…みんな頑張りすぎなんだよ。だからボクが作ってあげたんだ。何もしなくてもいい世界を。永遠に休める楽園をさー」


ヤツは本気でそう信じていた。自分は人々を救っているのだと。

そのやり方は間違っている。だけどその根底にある優しさは本物だった。


「…キミ、なんか憎めないんだけど」


ウチはカクテルを飲み干して言った。

こいつの言うことなんか分かる気がする。ウチも歌舞伎町で疲れてボロボロになってる連中をたくさん見てきたから。


「意気投合ってやつかなー?」


「違いますー」


ウチらはくだらない話をしながら、何杯も酒を酌み交わした。

エリナっちもリラっちも、最初は警戒していたけどベルのあまりにも気の抜けた人柄に、すっかり打ち解けていた。

ただの楽しい飲み会。これが七つの大罪との対決だなんて誰も信じないでしょ。



Scene.328 安息への道


「…ねぇベル」


すっかり酔いが回ったウチは言った。


「キミのそのイカれた『怠惰』の力を、どうにかして元の『安息』に戻したいんだけど」


「えー?でもどうやってさー?」


その一言で、ウチらの飲み会は緊急の作戦会議へと変わった。


「ウチがキミをボコったら浄化されたりしない?」


「痛いのやださー。却下」


「私の聖なる力でベルさんの魂に直接呼びかければ…!」


「気持ちよさそうだから、もっと寝ちゃいそうさー。却下」


「彼の権能のコアとなるアーティファクトが、この島のどこかにあるはずです。それを調整すれば…」


「んーそんなのあったかなー?覚えてないさー」


ダメだこいつ。

ウチらが頭を抱えていると、ベルがあっと何かを思い出したように言った。


「そーいやさー、ボクのこの力ってボクが一番安心できる場所と繋がってるんだよねぇ…。昔まだボクが『安息』だった頃に大好きだった夢…。そう夢の中だ」


「夢の中?」


「うん。その夢の中でなら力のチューニングできるかもさー。…でもその夢にどうやって入るかは知らないけど」


夢の中。それがキーワードか。

ウチらは顔を見合わせた。

倒すんじゃない。救う。

そのための方法がようやく見えてきた。



Scene.329 夢へのダイブ方法


「夢ん中にダイブねぇ…」


ウチはハンモックで相変わらずだらだらしているベルの横で腕を組んで唸っていた。


「言うのは簡単だけど…。夢なんてどーやって入るのか想像もつかないんだけど」


この島の強制しあわせ野郎たちは見た通り完全に思考停止してる。こいつらに何かを聞き出せる様な反応を期待するだけ無駄だろうし。

ウチは隣に座るエリナとリラに向き直った。


「ねぇキミら!なんか知らないの!?」


「星の民のなんかキラキラした特殊能力とか!エルフのなんか小難しい夢の魔法とか!」


ウチが無茶振りすると二人は困ったように顔を見合わせる。


(…夢、夢…。夢といえばバク?でもアレは伝説の生き物で夢を食うだけだし違う。…睡眠…枕…枕営業…?)


ウチの脳裏になぜか昔の同僚の顔が浮かんだ。


(…そーいや昔いたな。サラ。ウチの大事な太客を寝取ってナンバーに成り上がったクソ女。…風の噂じゃあっさり店辞めて、フツーにどっかのサラリーマンと結婚して、今じゃ保育士やってんだって。…ケッ。ガキんちょに一体何を教えてんだか)


「…って何の話だよ、マジで」


ウチが一人ブツブツ言っていると、エリナが申し訳なさそうに口を開いた。


「ごめんなさいお姉ちゃん…。私には人の夢に直接干渉するような力はありません…」


「…そっか」


じゃあ残るは…。ウチらの視線が一斉にリラへと集まる。

リラは静かに頷いた。



Scene.330 エルフの秘術『夢渡り』


「…一つだけ方法があります」


リラは説明を始めた。


「エルフの古い儀式です。特定の魔道具と触媒があれば術者の精神を対象の夢の中へと送り込む『夢渡り(ドリームウォーク)』の秘術が」


「マジで!?」


「ですが」


リラは続けた。


「それにはいくつかの条件があります。まず術者と夢の主を精神的に繋ぐための強力な『えにし』となる触媒。そして広大な夢の世界で道を見失わないための『道標みちしるべ』となるアイテムが必要不可欠です」


『縁』と『道標』。


「その必要なモンってのはどこにあんの?」


「…分かりません。ですがこの島々のどこかにあるはずです。ベル様が『安息』であった頃の記憶に関わる何かが」


リラはハンモックでうたた寝を始めたベルを見つめた。

なるほどね。次のウチらのやるべきことは宝探しってわけか。


「よし、決まり!」


ウチは立ち上がった。


「その『夢渡り』とやらに必要なモノ、全部見つけ出してやる!」


「行くよキミら!怠け者の夢に殴り込む準備だ!」


ウチらの新しいそして奇妙な冒険がまた始まった。

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