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第八十八話:究極の平和

Scene.323 凪という地獄


なぎ

ああ、風がぴたりと止んで、海が鏡みたいに静かになるアレのことっしょ。

ウチがいた元の世界でも夏のクソ暑い日にたまにあったわ。…風がないから湿気がまとわりついて蒸し暑くてマジで最悪なんだよね。

だけど、ここの『永遠の凪』はそんな生易しいモンじゃない。

こいつはただの天候じゃないんだ。…魂の『凪』だ。


風ってのは「変化」だ。新しい空気を運んできて、古い淀んだ空気を掻き乱す。

波もそうだ。絶えず岸に打ち寄せては砂の形を変えていく。同じ場所に留まることを許さない。

…それが世界が前に進むってことでしょ?


だけど『怠惰』の権能は、その全ての『変化』を殺しやがる。

物理的な風を止め波を殺すだけじゃない。

人の心から向上心とか闘争心とか野心とか嫉妬とか、そういう面倒くさい「感情の風」を全部奪い去るんだ。

穏やかで平和で何も起こらない。

誰も何も求めない。

誰も何も変わらない。

完璧に停滞した死の世界。

…それがここの『凪』の正体だ。

最高に気色が悪いよ。



Scene.324 『怠惰』は本当に悪か?


ウチらはこの静まり返った楽園の海を、リラが魔法で作り出した小さなボートで進んでいた。

目の前には無数の美しい島々。

だけどそのあまりにも平和な光景を見ているうちにウチの頭の中に一つのデカい疑問が浮かび上がってきた。


「…ねぇキミら」


ウチはボートのへりに頬杖をつきながら呟いた。


「大罪って言われてるけどさ。…『怠惰』ってなんか悪いのかな?」


「莉央様…?何を仰いますか。怠惰は停滞。魂の死ですわ」


リラが即座に反論する。

だけどウチは首を振った。


「でもこれ、「平和」ってゆーものの究極なんじゃん?ウチには退屈だけど、世の中にはこれを「しあわせ」だと心から感じて、それを得るために多くの人が色んな努力をするんでしょ? で、それを手に入れた後、この島の人々みたいになる。うーん、ウチ的には全然しあわせなんかじゃないけど、人のしあわせをウチが勝手にぶっ壊すってのは 違うんじゃないかなー。」



「正しいかどうかは別。人に選択肢を与えない強制された平和はウチもどうかと思う。でもさ、『怠惰』って、要はただの怠け者なんでしょ?」


「ウチも基本怠け者だからわかるんだけど、結果がどうであれ、わざわざ他人を幸せにするために、こんな環境を作り上げて維持するなんて、そんな面倒くさいこと本当の怠け者がする?」


ウチの言葉にエリナとリラは顔を見合わせる。


「それにさ、ゲブの爺さんの話じゃ『安息』が反転して『怠惰』になったんでしょ?大罪の力そのものに意志があるとも言ってたじゃん」


「フツー『安息』の真逆ならもっとトラブルだらけの休む暇もない『激動』の毎日みたいになるんじゃない?」


「だからさ『怠惰』は『安息』の反転じゃなくて、むしろ似たようなモンなんじゃないかなって。ただの解釈の違いみたいな」


ウチの仮説。

それはもしかしたら…。


「『安息』の神の意志そのものの影響で、他の大罪よりワンチャン、『怠惰』っていいヤツかもしれない?」



Scene.325 救うべき敵


ウチの突拍子もない意見に二人は言葉を失っていた。


「…そういや」


ウチは思い出したように言った。


「岩じいさんも言ってたじゃんか。大罪を必ずしも『倒す』必要はないって。アイツらを浄化して『救う』のがウチの役割だってね」


マモンも樹里も元は人間だった。

弱さに付け込まれ大罪という呪いに魂を乗っ取られた。

だとしたらこいつ…『怠惰』はまだ完全に堕ちきっていないのかもしれない。

『安息』であろうとした結果、そのやり方を間違えちゃっただけなのかもしれない。


「…どうもこいつだけは嫌いにはなれないんだよね」


ウチはフッと息を吐いた。

自分でもらしくないとは思う。

でも、この穏やかすぎる世界を作ったヤツの顔を一度見てみたくなった。


「…よし、決めた」


ウチは立ち上がった。


「嵐を起こすのは同じ。でも目的はぶっ壊すことじゃない」


「まずは対話。この楽園の王様に直接会って話聞いてあげよっか」


ウチは群島の中でも一際大きくそして穏やかなオーラを放つ中央の島を指差した。


「そいつがどんな怠け者なのか、この目で確かめてやる」

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