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第八十七話:永遠の凪

Scene.318 嵐の前の思考


その夜、ウチはエリナっちとリラっちが気持ちよさそうに寝息を立てる横で、一人、焚き火の番をしていた。

波の音がやけに静かだ。

目の前に広がる穏やかな夜の海。

でも、この海のどこかに、次の化け物がいる。


「…『怠惰』かぁ」


ウチは呟いた。

このレベル505の神みたいな力。正直、純粋な戦闘力的にはなんの不安もない。

そこらの魔物や軍隊なら指を鳴らすだけで消滅させられるでしょ。


ただ相手は七つの大罪だ。

アイツらの本当のヤバさはそこじゃない。

大罪の特殊能力は一つじゃなかったり、その一つ一つが攻略法のない無理ゲーだったりする。

それをどうにかしなきゃ、まず勝負にすらならないのは今までの戦いで経験済みだ。

怠惰ってゆーとどんなイメージ?

憤怒のあのイライラ波動みたいに、近づくとやる気がなくなるーみたいな?

子供でも描きそうな単純なイメージが湧くけど…。


(…いや、それなら憤怒の権能とほぼ同じだし。ウチが手に入れた『奇跡の輝き』とかエリナっちの浄化の力で対処できるっしょ)


ウチは首を振った。

そんな単純なハズない。

だって、この世界に来てから、ウチのそんな甘い予想は一度も当たった試しがないんだよね。

どいつもこいつもウチの想像の斜め上を行く、ちょーめんどい能力で、ことごとく苦戦させられてきた。

呪われてんじゃないかってくらいに。


「…あー」


ウチは頭をガシガシと掻いた。


(さて。考えても分かんないし)


ウチは焚き火の火を消すとエリナっちの隣にごろんと横になった。

温かい砂が気持ちいい。


(ちゃんと寝て、明日はあのゲブの爺さんが言ってた『永遠の凪が支配する島々』とやらを調べていこ)


今はただ休む。

次の地獄に備えるために。

ウチは穏やかな波の音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。



Scene.319 永遠のエターナル・カーム


翌朝。

ウチらは楽園の調査を開始した。

まずウチらがいるこの島。そしてその周りに点在する島々。

景色はどこもほとんど同じだった。

白い砂浜、青い海、緑豊かなジャングル。

だけどすぐにウチらはこの群島の異常さに気づいた。


まず海。

波が一切ない。まるで巨大な鏡のように静まり返っている。

そして風。

風が全く吹いていない。ヤシの木の葉はぴくりとも動かず、まるで絵に描いたように空に固定されている。

太陽は常に空の一番心地よい高さにあり、暑すぎもせず寒くもない。


「…時間が止まっているみたいです」


エリナが不安そうに呟いた。

その通りだ。この島々はまるで時間が止まった琥珀の中に、閉じ込められているかのようだった。



Scene.320 眠れる村


やがてウチらは小さな村を発見した。

ヤシの木や流木で作られた、素朴で美しい家々が立ち並んでいる。

だがそのほとんどの家は半壊していたり、作りかけのまま放置されていた。

屋根には苔が生え壁には蔦が絡まっている。だがその朽ち果て方が不自然なほど穏やかだった。まるで何百年もこのままの姿で在り続けるかのようだ。


そして人。

人はいた。

村のあちこちに何十人もの人々がいた。

だけど彼らは誰一人動いていなかった。

浜辺に座りただ静かな海を見つめている老人。

ハンモックに揺られ、穏やかな笑みを浮かべて眠り続ける女。

作りかけのカヌーの横で、道具を握りしめたまま空を見上げている男。


彼らは生きている。

だがその瞳には意思の光がなかった。

ウチが声をかけても、ただゆっくりとこちらを見てにこりと微笑むだけ。

その笑顔はヴァニタスの人形たちよりもさらに空っぽだった。



Scene.321 努力のいらない楽園


「…食料どうしてんの?この人たち」


ウチの疑問に答えるようにエリナが近くの木を指差した。

その木には美味そうな果実がたわわに実っている。


「この果物…。アスモデウス様の蜜と同じ…。食べた者の心を完全に満たし、全ての欲求を消し去ってしまう力があります」


リラも海を指差した。


「見てください莉央様。魚たちが自ら岸に打ち上げられていますわ」


その光景はあまりにも異常だった。

ここでは生きるための努力が一切必要ない。

腹が減れば木から果実を取ればいい。魚が勝手に寄ってくる。

敵もいない。争いもない。


動物たちも同じだった。

ジャングルの中では猛獣であるはずの虎が、小動物と一緒に昼寝をしている。

捕食者も被食者もいない。

ただ穏やかに時間が過ぎていくのを待っているだけ。

生も死も成長も変化も、全てが停滞した世界。


(…異常じゃん。何もかもが止まってる…。これが『怠惰』の権能…)



Scene.322 楽園の攻略法


ウチらは島で一番高い丘の上に登った。

そこからはこの『永遠の凪が支配する島々』の全貌が見渡せる。

どこまでも続く美しい緑の島々。

そしてその全てが死んだように静まり返っている。


「…なるほどね」


ウチは腕を組んだ。


「こいつは憤怒や色欲より厄介かも」


敵の姿が見えない。

この楽園そのものが敵であり牢獄だ。

ここに長くいたらどんな屈強な精神の持ち主でも、いずれその魂を骨抜きにされ、あの眠れる人形の一人になるだろう。


「どうやってこの眠れる楽園を叩き起こすか」

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