第八十五話:プライベートジェット
Scene.312 遅れてきた天才の言い分
「まてまてまてまてーい!」
ウチは『女王の閨房』に入る直前で、リラの肩をガシッと掴んだ。
「ってことはだよ!魔王城まであのクソみたいな裂け目をチマチマゲート作って渡ったのも!今までのクソ長い道中も!全部このプライベートジェットでショートカット出来たってことじゃん!」
ウチの剣幕にエリナがびくっと震える。
だけどリラは動じなかった。
ウチはその涼しい顔に指を突きつける。
「あ!?『瘴気が邪魔だったー』とか『大罪の波動で座標が狂ったー』とか!そーいう後付けのそれっぽい言い訳は一切聞かないかんね!ちゃーんと説明しなよね、この役立たずそうで実はクソ役立つエリートエルフ!」
ウチの罵声にもリラは優雅な笑みを崩さなかった。
そして、やれやれ、といった様子で溜息を一つ吐いた。
「…莉央様。お言葉ですが、その言い訳と思われているものがほぼ正解ですのよ」
「なんだって?」
「長距離の空間転移は大海原を地図も羅針盤もなく、たった一人で航海するようなものです。僅かな計算ミスで、我々は岩壁の中や海の底に出現していたでしょう」
リラはまるで出来の悪い生徒に教えるように、丁寧に説明を始めた。
「そして、つい最近まで、この世界は巨大な魔力の嵐の中にありました。魔王、そして各地の大罪が放つ強力な波動が、空間そのものを歪め、座標を常に狂わせていたのです。そんな中で長距離転移を行うのは自殺行為ですわ」
「…」
「ですが、莉央様が彼らを討伐してくださったおかげで、世界の魔力の流れは劇的に安定を取り戻しました。…加えて、私もあなた様と共に戦う中でレベルが上がり、このSSSスキルの本当の制御法をようやく完全に掴んだのです」
つまり…。
今までは世界中が台風のど真ん中みたいなもんで、とてもじゃないが安全なフライトはできなかった。
だけどウチが台風の目をぶっ潰したから、ようやく穏やかな空になった。
そしてパイロット(リラ)の腕も上がったと。
「…チッ」
ウチは舌打ちした。
完璧な理論。ぐうの音も出ない。
「…そーいう小難しい理屈は分かんないんだけど。…要は今までは無理だったけどこれからはタクシー代わりに使えるってことね?」
「はい」
リラはにっこりと微笑んだ。
「これからはどこへでも快適な旅をお約束しますわ、莉央様」
「…お、おう!当たり前じゃん!」
ウチは照れ隠しと悔し紛れに叫んだ。
「せいぜい快適な空の旅を提供しなよね!パイロット!」
ウチはそう言ってドカッと『女王の閨房』の豪華なソファに座り込んだ。
…クソ。なんか丸め込まれたみたいで全然スッキリしない。
だけどまぁいい。これで面倒な移動時間は全部カットだ。
最高じゃん。
Scene.313 RPGのその先
その夜ウチはリラが作り出した豪華な寝室の窓の外を眺めていた。
窓の向こう側は現実世界じゃない。空間と空間の間を移動している光の奔流が川のように流れていく幻想的な光景だ。
(…転生前には考えたこともなかったけどさ)
ウチはワイングラスを傾けながら思った。
(ほら、RPGとかで終盤になると、船やら飛行機やら手に入れて自由にどこでも行けるようになるでしょ?あれ自分が現実にその立場に立つと、ありえないよね)
ウチはベッドで気持ちよさそうに眠る、エリナとリラの寝顔を見た。
(だって海を渡るような大きな船、ウチら素人三人で動かせる訳ないじゃん。ましてや飛空艇とかさ。免許とかいんのかよって)
でも、ウチらにはリラがいる。
このSSSランクのチートスキルがある。
ウチらが中でこうしてバカンス気分でくつろいでる間にも、この空間そのものがウチらを目的地まで安全に運んでくれる。
(そこら辺ふまえて、ウチのリラっちにはいつもほんと助けられてるわ)
ウチは眠っているリラの赤い髪をそっと撫でた。
(闘技場で初めて出会った頃は、まさかこんな信頼できる仲間になる未来なんて、想像もしなかったな)
最初はただのムカつくプライドの高いエルフだった。
それが今じゃどうだ。
エリナっちと同じ。優先順位なんてない。ウチが命を懸けて守りたい、かけがえのないものの一つだ。
…柄じゃないけどね。
ウチは照れ隠しにワインを一気に煽ると、自分もベッドに潜り込んだ。
Scene.314 楽園への扉
翌朝。
ウチを起こしたのは遠くに聞こえる波の音と潮の香りだった。
「…莉央様。…到着いたしましたわ」
リラが優雅に微笑んでいる。
「お姉ちゃん!海の匂いがします!」
エリナが子供みたいにはしゃいで扉の方へと駆け寄っていく。
ウチはベッドから起き上がると大きく伸びをした。
そしてマホガニーの扉に手をかける。
扉を開けると―――。
そこに広がっていたのはウチが転生前にも見たことがないような透き通ったエメラルドグリーンの海だった。
どこまでも続く真っ白な砂浜。
さんさんと降り注ぐ南国の太陽。
色鮮やかなハイビスカスが咲き乱れヤシの木が心地よい風に揺れている。
「…うっわ、マジか…」
ウチはあまりの美しさに言葉を失った。
「パリピどころかセレブの貸し切りバカンスじゃん…!すげーな、おい!」
ウチは履いていたブーツをその場で蹴り飛ばすと、裸足で砂浜へと駆け出した。
温かい砂の感触と気持ちのいい波の音が、ウチの全てを解放していく。
「最高じゃん!」
ウチは空に向かって叫んだ。
七つの大罪『怠惰』の討伐?
そんなめんどーなこと、今はどうでもいい。
今はただこの最高のバカンスを楽しむだけだ!
ウチらの短い休息が始まった。




