第八話:女神の言い訳
Scene.33 神罰と神降臨
莉央の魂の底からの叫びがゼニスの夜空を引き裂いた。
その声はもはや魔力を帯びた咆哮ではない。莉央の全てが詰まった純粋な意志。
「ねぇ、聞いてんでしょ!? 高みの見物してる女神様!」
「いい加減にしろっつーの!いつまで知らんぷり決め込んでんの!?」
「アンタが始めたこのクソゲーの責任、ちゃんと取ってもらうからね!」
「さっさと出てこないとマジで、アンタが大事にしてるこの箱庭、本気でぶっ壊すからね!」
「ウチは、本気で言ってるんだけど!!」
莉央の言葉が終わる瞬間、空がピンクと白の眩い光で割れた。
その光の渦の中から女神ルナがふわふわと降りてきた。相変わらずの透き通るような白い肌に縦ロール。片手には星屑が浮かぶカクテルグラス。だがその表情にはいつもの楽しそうな余裕がなかった。
「ちょーサイアク! 莉央っちマジで大声出しすぎだし!」
「ウチの世界をぶっ壊すとかマジないし! やめてくんない? ちょー迷惑じゃん!」
Scene.34 涙の理由
「ふざけないでよ!」
莉央はもうボロボロだった。怒りと悲しみとそしてどうしようもない無力感で。
彼女は目の前の全ての元凶である女神に、剣の切っ先を突きつけた。
「アンタ言ったよね!? ウチは最強だって! 魔王も楽勝だって! なのに何!? あのスキルは全然効かないし、ウチは…、ウチはアイツに…!」
莉央の脳裏にあの屈辱が蘇り言葉が詰まる。
その悲痛な叫びに女神ルナの軽い仮面が剥がれ落ちた。
彼女はカクテルグラスをそっと消すと、その美しい顔を悲しげに歪ませた。
「…ごめん、莉央っち。…アタシが甘かった」
その声はいつものノーテンキな響きじゃなかった。
「まず、アタシがなんで魔王に直接手を出せないか。…アタシの神としての役割は『魂の管理人』なの。キミみたいな面白い魂をスカウトしたり、死んだ魂を次のステージに導いたり…。でも、魔王は違う。アイツは魂じゃなくて、この世界を作ってる柱そのものなの。…庭師が庭の地面そのものを動かせないのと同じ。アタシの力じゃ格が違いすぎて干渉できないの」
「…」
「だから、キミを呼んだ。世界の外から来たキミなら、その理を無視できる。そしてキミの【絶対支配】は、どんな魂でも乗っ取れる最強の精神攻撃スキル。…魂がある相手なら、魔王ですら勝てるはずだった。…そう、思ってた」
Scene.35 計算外の事態
ルナは、悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、予想外だった。…アタシも知らなかった。…今の魔王にはその肝心の魂がもう、なかったなんて」
「心が…ない?」
「そう。彼はあまりにも永い年月の間に、彼を魔王たらしめるその巨大な呪いそのものに魂を喰い尽くされて、もう空っぽの抜け殻になってるの。キミが戦ったのは魂のないただの抜け殻。…だから、心に働きかけるキミのスキルは効かなかった」
ルナの瞳からキラキラした涙がこぼれ落ちる。
「全部アタシの責任。キミにあんな辛い思いをさせて…。本当にごめん…」
彼女はウソをついていなかった。彼女もまたこの予想外の結果に傷つき、責任を感じていたんだ。
Scene.36 新しい動機
ルナは涙を拭うと莉央の手を強く握った。
「お願い、莉央っち。アタシの代わりにアイツを倒して!」
「…!」
「キミのスキルはもう効かない。でも、キミの魂そのものは違う。キミは世界の理に縛られない特別な魂。だからキミだけがあの魂のない器を、物理的に、そして概念的に、破壊できる唯一の存在なの」
ルナは最後にいつものギャルっぽい笑顔を無理やり作った。
「ま、今のキミはレベルも低いし、呪いで成長も遅くなってる。ちょー無理ゲーだけどね! でもキミならできるっしょ?」
「キミの隣にはあの可愛い聖女様もいることだし?」
ルナはそう言うと光の粒子となって消えていった。
後に残されたのは莉央と、彼女の心に刻まれた新しい目標。
(…なるほどな。あのクソ魔王、ウチに喧嘩売ってやがるのか)
(…上等じゃん)
莉央の瞳に再び獰猛な光が宿った。
魔王への復讐心は消えていない。
だがそれはもうただの憎しみじゃない。
女神の涙に応えるための誓い。そして自分自身の本当の強さを証明するための挑戦。
「見てろよクソ魔王」
「絶対にその空っぽの脳天をぶち割って、ウチの足元にひれ伏させてやるかんね」
莉央は踵を返すとエリナが待つ宿へと戻っていった。
彼女の本当の戦いが今ここから始まる。