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第七十七話:紅蓮のトラウマ

Scene.281 魂の古傷


リラの『女王の閨房』の中。

そこは絶対的な安全が約束された空間のはずだった。

だけど、今のリラはまるで嵐の中の小舟のように小刻みに震えていた。

エリナがその背中を優しくさすっているが。震えは止まらない。

彼女は自分の両手を、まるで汚物でも見るように見つめていた。


「ねぇ、リラっち」


ウチは壁にもたれかかりながら声をかけた。


「さっきのアレ、ただ大罪の波動のせいだけじゃないでしょ。キミ、何か隠してない?」


ウチのその問いが引き金になった。

リラの完璧に保たれていたポーカーフェイスがぐにゃりと歪む。

その美しい顔を両手で覆い、嗚咽を漏らし始めた。


「…怖いのです、莉央様…!」


彼女は絞り出すように言った。


「私のこの『紅蓮の紋章魔術』は…。術者の感情の昂ぶりに直接呼応して、その威力を際限なく増大させます。特に…『怒り』の感情に」


「…」


「エルフの民は感情の抑制を美徳とします。…ですが、私にはそれができなかった。かつて一度だけ怒りに我を忘れて力を暴走させ…その結果、私は全てを失いました」


彼女のあのしょーもない昔話。故郷を追放された原因。

その根源は彼女自身の制御できない『怒り』だった。


「あの『憤怒』の波動は、私の心の奥底に無理やり火をつけようとしてきます。あの日の過ちをもう一度繰り返せと、絶えず囁きかけてくるのです…!」


彼女は顔を上げた。その瞳は恐怖に濡れていた。


「次に我を忘れたら、私は何をしでかすか…。あなた様やエリナ様までこの手で傷つけてしまうかもしれない…!それが何よりも怖いのです…!」



Scene.282 ウチのやり方


「そんなことありません!リラさんは私達の大切な仲間です!」


エリナが必死に彼女を励ます。

だけどその優しい言葉は、今のリラには届いていなかった。

ウチは溜息を一つ吐くと立ち上がり、リラの目の前にしゃがみ込んだ。

そしてその顎をクイッと持ち上げ、無理やりウチと目を合わせさせる。


「…バカなの、キミは」


「え…」


「キミのその炎はキミを縛る呪い?違うでしょ。キミがウチの『剣』になるって誓った力じゃん」


ウチはリラの瞳を真っ直ぐに睨みつけた。


「怒りに飲まれるのが怖い?上等じゃん。だったらその怒りごとキミが支配しなよ。猛獣を乗りこなすみたいにさ」


「そ、そんなこと…!」


「できるって。ウチが言ってんだからできるの」


ウチはニッと笑った。


「キミのそのトラウマごと、全部薪にして燃やし尽くして、キミの力に変えちゃいなよ」


「…!」


「『憤怒』の波動?そいつは毒じゃない。キミにとっちゃ最高のガソリンだよ。そいつを逆に利用してキミの炎を今まで見たこともないくらい、デカく燃え上がらせんの」


「ウチの『剣』ならそのくらいやってみなよね、元・お姫様」


ウチの無茶苦茶な理論。

だけど、その言葉はリラの魂に直接火をつけたようだった。

彼女の瞳から恐怖の色が消えていく。

代わりに宿ったのはウチと同じ不敵で獰猛な光。


「…はい」


彼女は涙を拭った。


「…はい、莉央様…!」


「やってみせます…!この怒りごと支配して、あなた様の最強の剣になってみせます!」


その瞳はもう震えていなかった。



Scene.283 吹雪の中の亡霊


北の大地は本格的な冬の領域へと入っていた。

ウチらの周りには雪と氷に閉ざされた針葉樹の森がどこまでも広がっている。

吹雪が視界を奪い、体温を容赦なく奪っていく。


「…ちょー、うざい天気なんですけど」


ウチが悪態をついたその時だった。

吹雪の向こう側から一つの人影がゆっくりとこちらに近づいてくる。

こんな吹雪の中をフードも被らずに?

ウチは剣に手をかけた。

やがてその人影の正体が明らかになる。ウチとエリナは絶句した。


「…リラっち?」


そこに立っていたのはリラだった。いや違う。

ウチらが知っているリラじゃない。

旅の汚れも苦労も一切感じさせない完璧な姿。

穢れなき純白のエルフのローブを纏い、その髪は一筋の乱れもなく編み込まれている。

そしてその表情はウチらが見たこともない穏やかで優雅で、そしてどこかウチらを見下しているような完璧な笑みを浮かべていた。


「…あなたは…誰…?」


本物のリラが震える声で尋ねる。目の前の“もう一人の自分”に。


『私はあなた』


“完璧なリラ”は鈴を転がすような美しい声で言った。


『あなた自身が捨ててきた、あなたのあるべき本当の姿です』



Scene.284 理想と現実


“完璧なリラ”は、ウチらが知るリラを憐れむような目で見下ろした。


『見なさいその醜い姿を。感情のままに力を振り回し、野蛮な人間に付き従う堕ちたエルフ』


「…っ!」


『その下品な炎の力など今すぐ捨てなさい。感情に身を任せるなど獣のすること。あなたは誇り高きアルストロメリアの名を汚す一族の恥です』


それはリラの心を縛り付けてきた過去のトラウマそのものだった。

“完璧なリラ”が手をかざすと、その周りに美しく清浄な光の魔法陣が浮かび上がる。


『さあその汚れた力を捨てて私と一つになりなさい。そうすればあなたも故郷に帰れる…』


「やめて!」


エリナが聖なる力を放とうとする。だが“完璧なリラ”からは一切邪悪な気配が感じられない。聖なる力は敵として認識できずに霧散してしまう。

本物のリラは完全に戦意を喪失していた。自分の理想の姿を目の前にして、自分自身の醜さを突きつけられて、その場に立ち尽くすことしかできない。



Scene.285 ウチが選んだ剣


「…ねぇ」


ウチは凍てつく空気の中静かに口を開いた。


「いつまでボーッと突っ立ってんの、リラっち!」


「!莉央様…」


「キミの理想の自分か何か知らないけどさ」


ウチは目の前の“完璧なリラ”を指差して言い放った。


「そーんな綺麗事だけのクソつまんない女が、ウチの『剣』になれると思ってんの?」


『なんですって…?』


「黙りなよ偽物」


ウチは“完璧なリラ”を一喝すると、本物のリラを睨みつけた。


「ウチが選んだのは、怒りに震えながらも必死で前に進もうとする今のキミだよ!」


「欠点だらけですぐ頭に血が上る、めんどくさいお姫様のキミなの!」


「過去の亡霊なんか、キミのその自慢の炎で焼き尽くしちゃいなよ!」


挿絵(By みてみん)


ウチの言葉がリラの魂に火をつけた。

彼女の瞳から迷いが消える。

代わりに宿ったのはウチが初めて見た彼女自身の本物の『怒り』。


「…ええ、そうよ」


リラは自分の胸に手を当てた。


「私は堕ちたエルフ。感情も制御できない未熟者」


「でも!」


彼女は顔を上げた。その手の中に紅蓮の炎が渦を巻く。


「今の私には莉央様より与えられた新しい『誇り』がある!」


「私は莉央様の剣だ!」


「私の過去ごと私を侮辱する偽物あなたに名乗る名などないッ!」


リラが放った紅蓮の炎が、彼女の怒りと覚悟を乗せて“完璧なリラ”を包み込んだ。

幻影は悲鳴も上げずにその炎の中で静かに燃えていく。

そして最後に少しだけ微笑んだように見えた。


吹雪が止む。

そこには肩で息をしながらもまっすぐに立つリラの姿があった。

彼女はもう自分の過去にも力にも迷わない。

ウチの最強の剣として完全に覚醒した瞬間だった。

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