第七十三話:本当の『快楽』
Scene.263 悪魔の舞踏
「…舐めないでよね!」
ウチは絶望的な状況の中、逆に笑った。
そして賭けに出た。
ヤツのあの気色悪い快楽攻撃。あれさえ食らわなければまだ勝機はある。
そのためにはヤツに魔法を使う暇を与えない。
ただひたすらに斬る!
ウチは残された全ての力を脚に込めた。
神速。いやそれ以上。限界を超えた踏み込み。
連撃に次ぐ連撃!
ウチの二本の剣が嵐のようにアスモデウスに襲いかかる。
『まあ!』
アスモデウスは驚いたように目を見開く。
その六本の腕でウチの斬撃を捌き始める。
ヒットはする。
確かにウチの刃はヤツの神々しい肌を何度も切り裂いていた。
銀色の血が何度も宙を舞った。
だが浅い。
そしてその傷は次の瞬間には再生していく。
ヤツの魔力が尽きない限りこの猛攻もいずれ止められる…!
Scene.264 一方的な蹂躙
そしてその時は唐突に訪れた。
ウチの剣撃のリズムがほんの僅かに乱れたその瞬間。
アスモデウスの六本の腕が蛇のように動いた。
二本がウチの剣を受け止め、二本がウチの両腕を掴み、そして残りの二本がウチの腹にめり込んだ。
「ごふっ…!?」
ウチの体は子供のように軽々と持ち上げられ何度も何度も地面に叩きつけられた。
受け身も取れない。
骨が砕け内臓が揺さぶられる衝撃。
ウチは血反吐を吐きながら為す術もなくボロボロにされていった。
Scene.265 終わらない快楽地獄
「もう終わりですか?…可哀想に」
地面に倒れ伏すウチをアスモデウスは見下ろしていた。
その瞳には憐憫とそして芸術家の愉悦が浮かんでいる。
「いいでしょう。あなたにも最高の“愛”を与えてあげますわ。私のコレクションに加えてあげる」
ヤツの冷たい指先がウチの額に触れた。
そして地獄が始まった。
脳が焼ける。
全身の神経が焼き切れるほどの強烈な快感の奔流。
痛みすら快楽に変換され思考が蕩けていく。
ウチの身体から最後の理性が決壊した。足の付け根が熱くなり意思とは無関係に全てが流れ出していく。
…失禁。
(嫌だ)
(こんな屈辱…!)
(こんな汚い快感なんか…!)
(嫌だ)
(嫌だ)
(嫌だ!)
だがヤツの攻撃は終わらない。
快楽が終わらない。
脳が焼ける。思考が溶ける。意識が白く染まっていく。
ウチが莉央じゃなくなっていく…!
(どうする!?)
(どうすればいい!?)
このままじゃウチは心を殺される。
あの街の連中みたいに意思のない幸福な人形にされる。
(誰か…!)
(助けて…!)
ウチは生まれて初めて心の底からそう叫んだ。
だがその声は誰にも届かない。
ウチの意識は快楽の海の中へと沈んでいった。
Scene.266 絶頂の果てに
終わらない快楽の地獄。
ウチの意識はもう蕩けて消え失せる寸前だった。
10回…11回…そして12回目の強制的な絶頂がウチの全身を駆け巡ったその瞬間。
ぷつりとウチの中で何かが切れた。
いや違う。繋がったんだ。
焼けるような快感のその一番奥で、ウチの魂は驚くほど冷静になっていた。
(…ああ、またイかされる。もう12回目…)
(…でもなんだこれ。全然気持ちよくない。ただ身体が勝手に反応してるだけ。ウチの心が空っぽだ)
その気づきは雷のようだった。
(快楽ってのはこんな一方的に与えられるモノなの?これを快楽って言うの?)
(…違う)
ウチは暗闇の中で笑った。
(快楽ってのはさ、求め求められるから気持ちいいんじゃん。求められない快楽はただの一方的な暴力でしょ!)
Scene.267 本物の快楽を教えてあげる
『…まだ抵抗しますの?』
ウチの意識が戻ったことに気づいてアスモデウスが不思議そうに言った。
「ああ、抵抗するよ」
ウチは笑った。その声はもう絶望の色をしていなかった。
「キミのその綺麗事だけのままごとみたいな快楽ごっこはもう飽きた」
「キミに教えてあげる。ウチが知ってるもっとドロドロしてて醜くて最高に気持ちいい、本物の快楽をね!」
もう、こんな表面的な薄っぺらい快楽になんてウチの体は反応しない。
ウチは夜の世界で培ってきた全てのえげつないテクニックと、必要とし、必要とされる、その温もりで、ヤツのその完璧で空っぽな精神ごと陵辱した。
与えられるだけの快楽しか知らない処女に、初めて「求める」ことと「与える」ことが一体になる本当のセックスを教えてやったんだ。
―――ウチがどうやってあの神みたいな女を堕としたのか。
その一部始終はここでも書けない。
ただ結果だけを言えば。
「あ…あ…な、に…これ…が…?これが本当の…“快楽”…?」
アスモデウスはその完璧な顔を今まで見せたこともない驚愕と戸惑いと、そして未知の快感にぐちゃぐちゃに歪ませていた。
彼女は生まれて初めて本当の絶頂を迎えた。
大ショックだったでしょ。
そしてその瞬間。
彼女が今まで背負っていた『色欲』という概念そのものがその資格を失い、より強い「本物」の色欲?であるウチの元へと流れ込んできた。
ウチの脳内に声が響く。
【称号:『色欲の化身』を獲得しました】
Scene.268 いらないし、そんなもん!
だけどウチはそのドロドロした甘い力を全身で拒絶した。
「うわ、きっしょ!」
「こんなジメジメした力、いらないし!」
ウチは自分に流れ込んできた七つの大罪の権能を、自分の意志の力で無理やり体から弾き出した。
その拒絶の衝撃波が最後の一撃となった。
「あ…」
アスモデウスはその美しい顔に初めて穏やかな笑みを浮かべた。
まるで長い呪いから解放されたかのように。
そしてその体は無数の美しい花びらとなって風に舞い消えていった。
七つの大罪『色欲』。…撃破。
「…はぁ。マジで疲れた…」
ウチは花びらが舞う中で大の字に寝転がった。
もう指一本動かす気力もなかった。




