第七十話:色欲vs色欲
Scene.250 偽りの楽園の壊し方
「…決めた」
ウチは街の様子を窺いながら宣言した。
隣ではエリナとリラが、固唾をのんでウチの次の言葉を待っている。
「あの蜘蛛女みたいにコソコソ裏から攻めるのは性に合わない。こっちも派手に真正面から、喧嘩売ってあげる」
「お姉ちゃん…?」
「この街そのものを、ウチ好みのゲスで最高にエロい街に作り変えてあげる!」
ウチのあまりにも突拍子もない作戦に、二人は目を丸くしている。
まあ無理もない。だが、これが一番効くはずだ。
あのアスモデウスとかいう女への最高の挑発になる。
「色々、規制で、描写されないかもだけどねっ!」
ウチはニッと笑うと早速行動に移した。
手始めに最初の“獲物”を探す。
…いた。
白いシルクの服を着たいかにも育ちの良さそうな顔だけのイケメン。その瞳は他の連中と同じ、何の感情も宿さない人形の目だ。
ウチは物陰から飛び出すとその男の行く手を塞いだ。
男は驚いたように足を止め、そして作り物の完璧な笑みを浮かべた。
「これはご婦人。何かお困りですか?」
「ああ、困ってるよ」
ウチはその男の胸倉をぐいと掴んで路地裏へと引きずり込んだ。
そして壁に叩きつける。
「アンタのその、生きてるのがちょーつまんなそうな顔にね」
「え…?」
「ウチが本当の『快楽』ってヤツを教えてあげる。アンタのその空っぽの頭がぐちゃぐちゃになるくらい最高の、ね」
そのあとウチがその男に何をしたか。
…まあ野暮なことは言うまでもねぇっしょ。
宣言通り、ウチの自慢の#$%&#$%を見せつけて、ヤツの理性を完全にぶっ壊してやっただけだ。
あの甘ったるいジュースで眠らされてた男の、本能を無理やりこじ開けて叩き起こしてやった。
その詳細な誘惑の手口は、ここじゃ書けないけどね。
Scene.251 最初のひび割れ
数分後。
路地裏から出てきた男の姿は完全に変わっていた。
完璧だった髪は乱れ、白いシルクの服はシワだらけ。
そして何より、その顔。
穏やかで上品だった表情は消え失せ、涎を垂らし、目を血走らせ、ただ純粋な獣の“オス”の顔になっていた。
「あ…あ…もっと…!もっと、ください…!お願いします…!」
男はウチの足元に跪くと、靴を舐めんばかりの勢いで懇願してくる。
ウチは、醜悪で最高に人間臭い姿を見下ろして、満足げに笑った。
「ほらね。人間ってのは、本来、こーいう汚い顔してんだよ」
ウチは男をその場に置き去りにして、呆然とこちらを見ている、エリナとリラの元へと戻った。
「これがウチらの宣戦布告!」
ウチはニヤリと笑う。
「街の連中を一人残らず、あの甘ったるいジュースの呪縛から叩き起こしてあげる。この街を偽りの楽園から、本物の欲望の坩堝へと変えてあげる!」
さあ、ショーの始まりだ。
ウチのやり方でこの街を解放する。
派手にいこうよ。
Scene.252 欲望の伝道師
ウチは手当たり次第だった。
男も女も関係ない。
衛兵も貴族も芸術家も聖職者も、見境なく捕まえては路地裏に引きずり込んだ。
ウチの唇と舌と指と、そして自慢の#$%&で。
そいつらの眠った欲望のスイッチを、片っ端から無理やりONにしてやった。
あの甘ったるいジュースで飼い慣らされた家畜どもに、本物の獣の味を思い出させてやったんだ。
その一人一人との濃密で倒錯的なやり取りは、いちいち描写しない。
だが、結果として街は生まれ変わった。
ウチが火をつけた小さな欲望の炎は、あっという間に街中に燃え広がっていった。
完璧な調和は崩壊した。
街のあちこちで、人々は今まで抑えつけられていた感情を爆発させている。
些細なことで殴り合いの喧嘩が始まり、その数分後には互いを許し合って抱き合って泣いている。
腹の底から笑い、大声で歌い、そして道のど真ん中で見境なくキスをして、互いの体を求め合う。
汚くて、醜くて、混沌としていて、そして最高に、“生きて”いる光景。
操り人形だった彼らの瞳に、人間らしいギラギラした光が戻っていた。
やがて、そんな「目覚めた」連中が、自然とウチの周りに集まってきた。
彼らは解放された欲望の使い方を知らず戸惑っていた。
そして、その全ての元凶であるウチに答えを求めていた。
ウチは広場の噴水のてっぺんに登ると、その混沌の中心で叫んだ。
Scene.253 生きる、ということ
「なんだよ、その迷子のガキみたいな顔は!」
「腹が減ったなら、食い物を求めろ!喉が渇いたなら、酒を飲め!ムカついたら、喧嘩しろ!欲しいモンがあったら、力づくで奪い取れ!」
「そして!」
ウチは集まった全ての男と女の目を見据えた。
「色欲ってのはさ、ただのエロじゃないんだからね!」
「人が、そのどうしようもない寂しさを身体で埋めたり!快楽と喜びを分かち合ったり!求めたり、求められたり!」
ウチは歌舞伎町で生きてきた、自分の全てを叩きつける。
「金払ってでも、そこには、お互いに必要な何かがあるんだよ!それがみっともなくても、不純でも、歪でも!そこには、確かに“心”があるんだよ!」
「それが、生きるってことなんだよ!」
ウチは天に拳を突き上げた。
「さあ、イケよ!」
「求めろよ!」
「ちゃんと、『欲しい』って言えよ!」
ウチのその言葉に、群衆が雄叫びで応えた。
それは生命の賛歌。
偽りの楽園が完全に崩壊した、瞬間だった。
(さあ、どうする、アスモデウス)
ウチは群衆の熱狂の向こう側。
静まり返ったガラスの宮殿を睨みつけた。
(アンタの綺麗な箱庭は、もうただの欲望のジャングル)
(…そろそろ、本物の顔、見せやがれ)




