第六十八話:色欲の挑戦状
Scene.244 残された毒の根
ウチは自分の感傷的な思考を振り払うように頭を振った。
そして、目の前にそびえ立つ聖樹エリュシオンに向き直った。
「ねぇ、聖樹様。聞こえてるでしょ」
ウチはその巨大な幹に向かって呼びかけた。
「この大陸に残ってる七つの大罪はあと何人?そして、そいつらはどこにいるわけ?」
ウチの単刀直入な問いに、聖樹は静かに答えた。
その声は以前よりも力強く、そして、澄んでいる。
『我が子らよ。この大陸に深く根を張っていた大いなる腐敗の根源は、二つありました』
『一つは全てを所有しようとする、『強欲』。もう一つは、全てを堕落させようとする『色欲』です』
「色欲…」
『あなたたちが滅してくれた『強欲』と『嫉妬』。そのおかげで、私の苦しみは大きく和らぎました。ですが、この大陸の本当の病巣はまだ残っています』
聖樹の声が悲しげに揺れる。
『『色欲』の魔人、アスモデウス。彼女こそがこの大陸の生命力を内側から蝕む、もう一体の元凶。彼女がいる限り、私の完全な再生はありえません』
Scene.245 次なる戦場へ
「…アスモデウス。色欲の魔人ねぇ」
『ええ。…ですが、今のあなたたちならば、あるいは…』
「で、そいつはどこにいんの?」
ウチが尋ねると、聖樹は一枚の銀色の葉をひらりとウチらの足元に落とした。
その葉は淡い光を放ち、空中に一つの方角を示していた。
南西。このアルベリアの森を抜けた遥か先。
『快楽都市ヴァニタス。全ての欲望が肯定され、全ての魂が堕落していく、偽りの楽園。彼女はその街の女王として君臨しています』
「快楽都市、ねぇ」
ウチはニヤリと笑った。
「面白そうじゃん。ウチが一番得意なフィールドだよ」
大体な『色欲』とかいう、そのクソみたいなポジション。
ウチはニヤリと二人を見た。
「ウチとキャラ被ってんだよ!」
相手をその気にさせて、骨の髄までしゃぶり尽くすのは、ウチの専売特許っしょ。
夜の世界で上り詰めるってのはそーいうこと。
「いいじゃん、やってやろうじゃん」
ウチの瞳に闘志の炎が宿る。
「本物の『色欲』がどっちか。…このウチが証明してあげる!」
Scene.246 偽りの楽園
旅を続けること数週間。
ウチらはヴァニタスに近づくにつれて、世界の空気が変わっていくのを感じていた。
道端の小さな村ですら、夜通し宴の音楽が鳴り響き、人々は刹那的な快楽に酔いしれている。誰もが笑っている。だが、その笑顔の裏には、どこか虚しい影が落ちていた。
そして、ウチらはついにその街の全貌を丘の上から見下ろした。
「…へぇ」
ウチは思わず感嘆の声を漏らした。
そこにあったのは、おぞましい魔王城や金ピカの悪趣味なオアシスとは全く違う光景。
湖のほとりに広がる白亜の美しい街並み。芸術的な彫刻が施された塔。街中に咲き乱れる色とりどりの花々。
風に乗って心地よい音楽と、甘い香水の匂いが運ばれてくる。
まるでおとぎ話に出てくる楽園。
「…見た目は一級品じゃん」
ウチはそのあまりにも完璧な美しさに舌なめずりをした。
「…ま、中身はドロドロに腐ってんだろうけどね」
ウチらは偽りの楽園へと足を踏み入れた。
甘い、甘い、地獄の始まりだ。




